この記事の読みどころ

最近、人民日報の「権威ある人物」の発言が当局の意図を伝えているのではと市場でも注目を集めています。ただし「権威ある人物」の正体は不明で、信頼度の点に注意は必要ですが、発言には中国の今後の方向性を示唆する内容も見られます。

  • 最近耳にする中国の「権威ある人物」とは
  • 権威ある人物が懸念する中国経済の現状は?
  • 今後想定される中国経済政策について

人民日報:匿名の当局者(権威ある人物)による警告は債務依存からの転換の前触れか

中国共産党機関紙の人民日報は2016年5月9日、中国が直面する課題に取り組むために必要な政策を詳しく説明する匿名の当局者の長編インタビューを掲載しました。こうした形式の記事はこの1年足らずで3回目(他2回は2015年5月25日、2016年1月4日)となり、「権威人士(権威ある人物)」が中国の政策意図を述べています。

今回の発言内容は足元の過剰債務に依存した投資重視による経済成長への警告を含んでおり、長期的な経済発展の方向性として投資から消費へのシフトを見失わないよう戒めています。

どこに注目すべきか:人民日報、権威人士、新規人民元融資額

中国当局の政策を知る上で、例えば年1回開催される全国人民代表大会(全人代、日本の国会に相当)などが注目されますが、当局の政策発信の頻度は欧米に比べ少ない印象です(言語の問題も考えられますが)。

そのような中、最近人民日報の「権威ある人物」の発言が話題となっています。ただし「権威ある人物」の正体は不明で信頼度の点に注意は必要ですが、過去2回の記事の掲載後、株式市場に下落が見られるなど、ある程度の影響を与えた可能性もあるため念のため発言内容の確認は必要と思われます。

まず、今回の発言の内容を振り返ると、最も印象的なのは2016年1-3月期の景気回復は、固定資産投資という古い手段に依存した結果に過ぎないと批判的なことです。また、ゾンビ企業の淘汰など供給サイドの改革は並行して進めるべきとも述べています。

発言の内容が習近平政権の指針に近いことから、発言元は習近平氏周辺と見る向きもあります。その真偽はともかく、重要なメッセージは中国の基本的な指針である投資から消費への流れを維持することの重要性を訴えていることです。また過剰債務による負債比率の上昇が将来的に金融リスクを高めることに警戒感を示しています。

確かに、中国の債務には気になる面も見られます。例えば、新規人民元建融資は2016年1-3月期の合計は約4.6兆元とリーマンショック後の2009年1-3月期の約4.6兆元に並ぶ数字となっています。

ただし週末に公表された4月の人民元建て新規融資は5,556億元と3月(1兆3,700億元)を大幅に下回っています。融資減速に伴い、投資に関連する4月の工業生産や1-4月の都市部固定資産投資は上昇ペースが減速しています。

なお、「権威ある人物」もパタッと投資をやめるべきなどとは言っておらず、むしろ適度な需要刺激策実施の必要性にも言及しています。2016年1-3月期の債務増加や投資拡大には一部過熱感も見られたものの、4月はスピード調整が行われた格好で、直接の関連は無いのかもしれませんが、権威ある人物の方針に沿う形となっています。

いずれにせよ、投資から消費へという構造改革の流れを止めることなく、ブレーキ(投資などの抑制)とアクセル(景気刺激策)を使い分けることが求められると思われます。

では、中国の政策運営の今後をいかに考えるべきでしょうか。

あえて悲観的に考えるならば、金融緩和と規制緩和により不動産投資などに過熱感が見られたことへの反省から、今後、金融緩和などが打ち出しにくいという面は懸念されるかもしれません。

一方で、楽観的に考えるならば、中国経済が底割れ懸念に直面していると(少なくとも当局は)考える必要が無いのかもしれません。

仮に景気悪化が深刻なときに景気下支え策を控える可能性を示唆すれば株価急落が懸念されますが、先の発言(5月9日)から1週間以上経過していますが、中国株式市場は落ち着いた動きとなっています。景気対策は適切なペースに落とすことも想定されます。

最後に、今回の「権威ある人物」の発言には、中国の成長パターンが「L字型(かつての高成長には戻らず低水準で安定)」といった内容や、不動産在庫の解消と、そのための対策として出稼ぎ労働者に都市戸籍を付与することで解決を提言するなど、(国内では物議をかもすかもしれませんが)長期的に有望と思われる対策が数多く提言されています。

それだけに、「権威ある人物」が正体を明かさない(明かせない?)のは残念に思えます。

 

ピクテ投信投資顧問株式会社 梅澤 利文