この記事の読みどころ

英国の欧州連合(EU)離脱、残留を問う国民投票を6月23日に控え、最近の世論調査では残留、離脱が極めて拮抗、週末には離脱が優勢という調査結果が多く見られました。仮に英国がEUから離脱した場合の経済的損失は巨額になると見込まれ、市場でも動揺が見られます。国民投票を約1週間後に控え、投票結果を占う上で、なぜ、EU離脱が根強い支持を獲得しているか、その背景を振り返ります。

  • 英国がEUを離脱した場合の経済的損失にもかかわらず、国民投票を巡る世論調査の結果は拮抗
  • 国民投票の結果は予断を許さないが、動向を占う上で、なぜ、残留支持が根強いかを振り返ることも必要

英世論調査は離脱と残留が拮抗、市場は英国のEU離脱リスクを懸念

先週末から足元までに公表された世論調査の結果は、いずれも支持が拮抗(きっこう)しています。たとえば、オピニウムが実施したオンライン調査(11日公表)によると、残留派が44%、離脱派が42%でした。調査会社ユーガブの世論調査では離脱派が43%、残留派が42%となっています。一方、ORBが10日に公表したインターネットによる調査では離脱派が55%と、残留派45%を大きく上回りました。この結果を受け、ポンドは下落しました。

過去の国民投票では、インターネットによる世論調査の精度が高くなかったとの意見や、スコットランドの住民投票では世論調査と実際の投資行動に乖離(かいり)が見られたなど冷静な意見も一部に聞かれますが、市場は世論調査に右往左往しています。

どこに注目すべきか:英国民投票、移民問題、ブラウン元首相

連日の報道にあるように、英国がEUから離脱した場合の経済的損失は誰にでも容易に想像できますが、それでもEU離脱が根強い支持を得ている背景を考えます。

まず、そもそも国民投票に至る流れを振り返ると、2015年5月の英国総選挙でキャメロン首相の保守党が勝利、続投を決定するとともに、公約であるEU離脱を問う国民投票に向け準備を進めました。

2016年2月には英国とEUの間で残留に向けたEU改革案が話し合われ、英国が主張する4項目が概ね認められたことで、キャメロン首相は国民投票を6月に設定しました。4項目の内容は、英国はユーロに加盟しなくてもEUに止まれるといった点や、英国民が負担に感じていたEU規制の削減、EU統合を進める中での国家主権の確保、そして移民対策です。

移民対策としては、たとえば英国に入国した移民が福祉サービスを受けられる認定期間を延長するなどとなっています。国民投票に関する議論の中で、関心が高い、または国民投票の結果を左右する要因として浮上してきたのが移民問題でした。英国民へのアンケートでEUに対する要求を見ても、移民問題は上位にランクされています。

ただ、移民問題の不満の内容を見ると、国境管理が不十分など「流入」のコントロール(国境審査の強化)を求めていることから、EUとの合意である認定期間の延長とは、すれ違いも感じられます。EUの基本方針である域内の自由な移動を根本から崩すことには距離があるようです。

なお、ここで移民問題と言っているのはEU(特に東欧)からの経済移民が英国内で職を得る、または英国の福祉を(短期の滞在で)享受する問題などを示唆しており、紛争を背景とした欧州の難民問題や難民問題の要因ともなっているEU内の移動の自由を悪用したテロリスト(これはセキュリティの問題と思われます)とは、本来別問題とも言えます。

しかし、これらの問題が国民投票のキャンペーン中に悪化したことも離脱支持を間接的に下支えした可能性も考えられます。

一方、EU残留を目指すキャメロン政権のキャンペーンは先の4つのEU改革以降、戦術の中心はEUを離脱した場合の経済的脅威を繰り返すというものであったと見ています。連日、英国がEUを離脱した場合の経済への影響が報道されてきましたが、EU残留への支持を増やせたのか効果は不透明です。移民政策により職を奪われることを懸念する人にとっては、そのこと自体が経済的懸念だからであると思われます。

決め手に欠くキャメロン政権はあせりの色を深めており、ここにきて戦術をシフトする模様です。報道によると、労働党のブラウン元首相(2010年にキャメロン首相により首相の座を奪われた)に応援を求め、英国のEU残留支持を求めています。ブラウン元首相は応援演説で雇用や労働権の確保をしっかり支えることを訴える模様です。

移民政策の内容が福祉への制限だけであれば、移民が職を奪ったという有権者の感情に響かないかもしれません。また英国民が求める国境審査の強化にも不満が残っていると思われます。そこでEU域内の自由移動への制限を将来的に強化しようという声が強まるなど、残留支持の拡大に向け必死で回復策を模索しています。

キャメロン首相の戦術の修正により、世論に変化が見られるかに注目しています。

ピクテ投信投資顧問株式会社 梅澤 利文