武蔵小杉はムサコそれともコスギ?

データに見る論争への回答

WIKIMEDIA COMMONS

武蔵小杉を「コスギ」と呼ぶか「ムサコ」と呼ぶかで論争があるのをご存知ですか? ツイッター上で議論の展開を見ていると、どうやら「コスギ」派に勢いがあるようです。

しかし、ちょうど20年前に東急東横線沿いで学生生活を送った人間からすると、「コスギ」には少し違和感があります。このコスギ vs. ムサコ論争で武蔵小杉の呼称に疑問を持ったので、大学時代の複数の友人に聞いて回りました。「武蔵小杉は『コスギ』、それとも『ムサコ』と呼んでた?」と。結果はやはり「ムサコ」でした。

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なぜ、武蔵小杉の呼び方が変わってしまったのでしょうか。20年前の武蔵小杉にはまだ工場が残っていましたが、現在では工場跡地が再開発され、タワーマンションが立ち並ぶ街となりました。武蔵小杉のタワーマンションに住む若い奥様方を「コスギジェンヌ」や「コスギネーゼ」などとも呼ぶようです。

今回は、データをもとに武蔵小杉の呼称が変化していった背景について考えてみます。

そもそも川崎市の人口は流入超

まず、武蔵小杉のある川崎市の人口を過去から見てみましょう。20年前、1996年の川崎市の人口は120万9,212人でした。同時期の世帯数は50万9,856世帯、1世帯当たりの人数は2.37人です。

一方、2015年の人口は147万5,300人にまで増加し、対1996年比では+22%増です。また、同時期の世帯数は69万1,236世帯、1世帯当たりの人数は2.13人となっています。世帯数は対1996年比で+36%の増加となることから、過去20年は単身者や(子供の数が少ないであろう)若い世代の夫婦が川崎市に流入してきた可能性が高いのではないでしょうか。

ここまで川崎市への人口増加を見てきましたが、一方で、人口増加を考える際に重要なポイントは、増加分以上の流入があり、また流入分を超えない流出もある点です。したがって、人口増加で見えている以上に川崎市民の構成は変化していると言ってもよいでしょう。

川崎市は一言でいえば人口が増加している勢いのある街とも言えますし、もともと地元に根付いていた人からすると、他所から人が激しく入ってくる落ち着かない街と言うこともできます。

武蔵小杉のある川崎市中原区はどうか

武蔵小杉は川崎市中原区に位置します。川崎市全体と同様、人口と世帯数を振り返ってみましょう。1996年の中原区の人口は19万1,140人でした。一方、2015年では24万7,476人と対1996年比で+29%の増加となっています。

また、世帯数は1996年に8万9,134世帯で1世帯当たりの人数が2.15人だったのが、2015年には12万3,312世帯で1世帯当たりの人数が2.0人となっています。

2015年の世帯数が対1996年比で+38%の増加となっているのにも驚きますが、1世帯当たりの人数が2010年から2014年にかけて2人を下回るようになっていることから、単身者の流入が多いことがわかります。中原区はどうやら若い世代を引き付ける街のようです。

武蔵小杉になぜこれほどまでに人が流入するのか

武蔵小杉は、なぜこれほどまでに人を引き付けるのでしょうか。やはり最大のターニングポイントは、2000年に東急目黒線が都営三田線及び東京メトロ南北線との直通運転を始めたことが大きいと思います。これにより、武蔵小杉から直通で大手町や永田町などにアクセスできることになりました。

それ以前は、渋谷駅で半蔵門線に乗り換えたり、中目黒で日比谷線に乗り換えたりしなければなりませんでした。目黒線の他路線との接続によって、通勤者にとってはかなり利便性が増したと言えます。

また、2010年には横須賀線の駅が開業しました。東急やJR南武線の武蔵小杉の駅からは少し離れていますが、新駅の開業は、基本的には便利になることはあっても不便になることはありません。余談ですが、横須賀線を使うと武蔵小杉駅から東京駅まで約18分で到着します。武蔵小杉駅周辺にお住まいの方で、東京駅に最短時間で出たいという方にはこのルートをお勧めします。

このように、武蔵小杉は直通運転や新駅などにより、2000年以降、確実に便利になったということが言えます。

鉄道だけではありません。同時に駅周辺の再開発も進みました。今、セントラルスポーツがあるあたりは、以前は工場があり、武蔵小杉駅から狭い路地を抜けながらセントラルスポーツに向かわなければなりませんでした。ところが、現在ではタワーマンションだけではなくショッピングモールのグランツリーなどもでき、街並みはずいぶんきれいになりました。見違えるばかりです。

交通インフラの整備とともに、タワーマンションやショッピングモールができたことで人を引き付けているのでしょう。

川崎市は工場街から生活の街に転換中

ご存知の方は多いと思いますが、川崎市は工業の街です。先ほども触れたように武蔵小杉駅周辺は工場が多く残っていましたし、意外かもしれませんが富士通(6702)の本店所在地は今も川崎市中原区です。現在、本社機能は汐留にありますが、本店所在地は昔のままです。また、横須賀線の武蔵小杉駅側にはNEC(6701)の玉川事業所もあります。

以前は国内の製造キャパシティとして活用されていた工場ですが、事業の撤退や海外への製造拠点移転で広大な敷地が不要となっているのです。川崎市はその産業構造の変化のあおりをまともに受け、それらの空間の再活用という転換を迫られてきたとも言えます。

広大な敷地を持つ工場跡地の再利用は、マンションかショッピングモールというケースが多いのではないでしょうか。川崎市もその両方の展開が進み、モノづくりをして出荷する企業中心の街から、より多くの人が流入し生活や娯楽を楽しんでもらう街に変化していることを意味します。

堅いことを言えば、(川崎市から市外への)輸出が支える経済から内需中心の経済に変わっているとも言えます。川崎市からすれば、いかに人を呼び込んで消費をさせ、税収を得るかという点が重要です。

ムサコからコスギに変化した理由を考える

前段が長くなりましたが、このように武蔵小杉を構成する住民が大きく変わってきているというのが、呼称の変化につながっているのではないでしょうか。

ムサコからコスギへ。武蔵小杉をこれまで以上にプレミアム感のある街にしたいという戦略がひしひしと伝わってきます。武蔵小杉をこれまで以上の武蔵小杉とするためにはムサコではいけないのです。

ムサコというと武蔵小山や武蔵小金井を思い起こさせるという意見もあります。紛らわしいというのもありますが、武蔵小杉の存在感を確立するためには、ムサコの「武蔵」部分を取り除く必要があります。武蔵小杉を目立たせるためには、「武蔵」と重複する駅名が多すぎるのです。

特に、新しく武蔵小杉に住むようになった人にとっては、自分の住んでいるところがイケている街であってほしいでしょう。また、購入したマンションの値段を上げるためには街全体にプレミアム感がある方がいいに決まっています。武蔵小杉のタワーマンションを扱う不動産デベロッパーにとっても、イケていて値上がりを期待できる街の案件が扱いやすいのは間違いないでしょう。

こうして、行政だけではなく新規住民、不動産デベロッパーなど武蔵小杉を取り巻くステークホルダー全員の共通の思いにより、ムサコからコスギに呼称が変化していったのではないでしょうか。

何年住んだら地元の人、という考え方が正しいのかは分かりませんが、20年で少なくとも20%以上の人が入れ替わっている背景を考えれば、新しく流入してきた人たちが自分たちの住む街をどう呼ばれたいかという心理の影響は強いと思います。

コスギがベンチマークすべき街はどこか

さて、今後コスギはどのように変化していけばよいのでしょうか。

川崎市がベンチマークすべきなのは、地理的な関係から考えると横浜市が真っ先に選択肢に上がってきそうです。その中で、コスギがベンチマークすべき街はどこでしょうか。たとえば、横浜市港北区の日吉はどうでしょうか。日吉には駅を中心に住宅地が広がっています。川崎市の目指すべき姿が生活中心の街であるならば、日吉は十分にベンチマークする価値があります。

日吉には慶應義塾大学日吉キャンパスがあり、アカデミックな雰囲気があります。この点は川崎市には十分に備わっていない要素ではないでしょうか。川崎市には洗足学園音楽大学などもありますが、所在地は中原区ではなく高津区です。武蔵小杉の駅近くに総合大学を誘致できれば、街の雰囲気がさらに変わるかもしれません。

また、日吉駅と綱島駅の間にあった旧松下通信工業の跡地には、米国アップル社の研究所が開設されるとの話もあります。日吉周辺には、今後はアカデミックな雰囲気や住宅街というエッセンスに加えて、テクノロジーを掛け合わせたスマートシティに変化していく期待感があります。

武蔵小杉に足りないのはアカデミックの要素、そして今後はテクノロジーを活用したよりスマートな街づくりのはずです。富士通やNECが近いことから、ICTを活用したスマートな設計に期待したいものです。そうした取り組みに成功すれば、コスギはより競争優位を確立した街になると思います。

まとめ

いかがだったでしょうか。武蔵小杉はややもすれば他の街と間違えられかねない「ムサコ」から、唯一無二の「コスギ」として変化しつつあります。「コスギ」は「コスゲ」と聞き間違えるという話もよく聞きますが、武蔵小杉の認知度が増していけばそんなことはなくなるでしょう。武蔵小杉の変化はまだまだ続きそうです。

 

投信1編集部

投信1編集部は、証券アナリストやファンドマネージャーとして長年の調査経験を持つメンバーで構成されており、金融・経済ニュースや投資に関する知識・アイデアをわかりやすくお届けします。