この記事の読みどころ

注目された日銀の9月の金融政策発表直後には、円安進行と日本株式市場の上昇が見られました。金融機関の収益への影響が大きいなどの理由で批判の声が大きかったマイナス金利を据え置く一方、長期金利の極端な低下にも配慮した内容であったことなどを好感したものと見られます。

しかし、その後、黒田東彦日銀総裁が記者会見を始めた頃から為替市場では円高に転じ、海外市場では100円台前半まで円高が進行しました。22日に日本の金融当局が口先介入したことで100円割れは今のところ回避されましたが、円高圧力は残ると見られます。

なぜ円高となったのかを振り返ります。

金融政策決定会合:日銀、新たな枠組みに長短金利操作付き量的・質的金融緩和

日銀が2016年9月20~21日に開催した金融政策決定会合の主な内容として、金融政策の新しい枠組みである「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入などを決めました。

主なポイントは、①長短金利の操作を行う「イールドカーブコントロール」と、②消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%の物価目標を超えるまで金融緩和姿勢を維持し、マネタリーベースの拡大方針を継続する「オーバーシュート型コミットメント」です。

どこに注目すべきか:物価予想、イールドカーブ、マネタリーベース

注目された日銀の金融政策の公表直後、円安進行と、主に金融セクターの上昇を背景とした日本株式市場の上昇が見られました。(マイナスの)短期金利を据え置く一方、金融機関の収益への影響が大きかった長期金利の低下のし過ぎに配慮した内容であったことなどを好感したものと見られます。

では、なぜ円高となってしまったのか? 結論を述べる前に、急がば回れで日銀の公表内容を3つのポイントに絞って簡単に振り返ります。

まず、総括的検証では「量的・質的金融緩和」による予想物価の押し上げと、実質金利の低下により、経済・物価の好転をもたらし、物価については持続的な下落という意味でのデフレではなくなったと、過去の政策の効果はあったと述べています。

確かに、例えばコアコアCPI(エネルギーや食料品価格の影響を除いた消費者物価指数)は、低水準ながら2013年後半頃からプラス圏を維持しています。ただし、どの物価指標でも物価安定目標の2%には遠く及ばない状況です。また、マイナス金利などが金融機関の収益に悪影響を及ぼす副作用も素直に認めた格好です。

そこで政策の修正が迫られ、副作用に配慮しつつ2%の物価安定目標に向けて新たに導入されたのはイールドカーブのコントロールと、マネタリーベースの拡大等を伴う金融緩和姿勢の維持を明確化したことです。

2番目のポイントは、イールドカーブのコントロールです。総括的検証を踏まえ、日銀は期待インフレ率を引き上げることの重要性を指摘しています。そのために実質金利の低下による景気の回復を通じてインフレへの期待を引き上げるとしています。

しかし、2016年年初のマイナス金利導入は、金利は引き下げたものの長期金利が低下し過ぎたことで金融機関の収益悪化などの弊害が見られました。そこで日銀は、イールドカーブのコントロールを操作するとしています。

短期金利は当座預金の政策金利残高に従来通りマイナス0.1%を適用する一方、長期金利については10年物国債金利がおおむね現状程度(0%程度)で推移するよう、長期国債の買い入れを行い、イールドカーブの平坦化を回避する方針を示し、金融セクターなどへの影響にも配慮を見せました。

ただ、長期金利のコントロールは大変難しく、長期金利が急上昇するケースも想定されます。そのため、日銀は指値による国債購入という新しいオペレーションを導入して、長期金利の急上昇にも対応する構えを見せています。

3番目のポイントは、名前からは何をするのか想像できなかったオーバーシュート型コミットメントで、手短に言えばインフレ率が安定的に2%を超えるまでマネタリーベースの拡大など異次元緩和を継続することを明確化したことです。

イールドカーブのコントロールにはマネタリーベースの変動(と日銀は表現していますが、実際は規模拡大)が、しかも物価が上昇するまで長期にわたることが想定されます。

そうなるとマネタリーベースの規模拡大が懸念されます。現在のマネタリーベースの規模はGDP(国内総生産)の8割程度で、欧米の2割に対し高水準です。日銀は1年程度でこの割合が100%へ拡大する可能性もあると述べています。

このように、市場の批判にも配慮を示すなど一定の評価もできる政策ですが、円高圧力は弱まったとは見られません。

1つ目の理由は、マイナス金利引き下げを温存したことです。日銀は今後の金融政策の軸足を量的金融緩和から金利にシフトしたと思われます。長期、短期の金利を操作するイールドカーブ戦略がその手段として打ち出されています。

金融緩和を進めるにはマイナス金利の深堀りが必要ですが、一方で副作用への懸念もあり、深堀りは慎重に進めるとの見方が台頭しています。そのため、金融緩和のペースが鈍いとの懸念が円高要因になったものと思われます。

2つ目は同じ日に米国で金融政策会合が開催されたことです。時差の関係で日本時間22日早朝に公表された米連邦公開市場委員会(FOMC)の内容は、利上げペースの後退を示唆するものでした。

米国の利上げが遅れることは円高・ドル安要因で、日程のめぐり合わせにも恵まれなかった面もあります。

3つ目は、日銀が期待を寄せるイールドカーブのコントロールですが、よくよく考えるとおかしな点も見られます。たとえば、長期金利を現状で維持すると述べていますが、そもそも長期金利の水準は市場が決めるべきものです。

また、長期金利のコントロールは世界的にも例が少なく、コントロールが機能するかも疑問です。政策の維持可能性も懸念材料と見られます。

新たな金融政策の枠組みであるため、試行錯誤で運営を進めると見られますが、金利の深堀り、量どちらも余地は狭まっていると思われます。

ピクテ投信投資顧問株式会社 梅澤 利文