”下請けいじめ”脱却で日本を元気にするのはフィンテックだ

盛り上がらない下請法の運用強化。カギは中小企業金融のイノベーション

下請け取引環境の改善に取り組む日本政府

2016年9月26日、安倍首相は所信表明演説を行い、その中で、「下請法の運用基準を13年ぶりに抜本改訂し、下請取引の条件改善を進める」と述べました。また、所轄官庁である経済産業省は法律改正に併せて、下請事業者の取引環境改善のために、親事業者となる大企業に業種別の自主行動計画策定を要請することも検討していると報じられています。

アベノミクスが始まってから4年が経過しようとしていますが、日本経済の太宗を占める中小零細企業には活気が戻っていません。大企業が潤えば、中小の事業者にもその恩恵が時間差を経て巡ってくるという「トリクルダウン効果」も、最近では、ほとんど話題にならないほど実感が乏しいのが実情であると思われます。

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政府が下請け取引環境の改善にメスを入れようとしているのは、そうした問題意識が根底にあるためと推察されます。

そもそも下請法とは

では、下請法はとは、そもそもどのような法律でしょうか、正式名称は「下請代金支払遅延等防止法」と呼ばれ、独占禁止法の特別法として制定されたものです。端的に言うと、親事業者(発注企業)による優位な立場の濫用を防ぎ、立場の弱い下請事業者の保護を目的とした法律です。

具体的には、受領拒否の禁止、下請代金の支払遅延の禁止、下請代金の減額の禁止、返品の禁止、買いたたきの禁止、購入・利用強制の禁止、報復措置の禁止、有償支給原材料等の対価の早期決済の禁止、割引困難な手形の交付、不当な経済上の利益の提供要請の禁止、不当な給付内容の変更及び不当なやり直しの禁止、といった”下請けいじめ”が禁止事項として定められています。

また、親事業者が下請事業者と取引を行う際は、書面の交付義務、書類の作成・保存義務、下請代金の支払期日を定める義務、遅延利息の支払義務などが求められています。

後を絶たない下請けいじめ

実は、政府がこの問題を取り上げたのは今国会が初めてではありません。2016年1月の国会でも安倍首相は施政方針演説で、「下請け企業の取引条件の改善に官民で取り組む」ことを強調していました。また、参議院選挙後の8月には、「未来への投資を実現する経済対策」の中で改正に取り組むことが盛り込まれていました。

今年に入ってこの問題への取り組み姿勢が強化されたのは、「トリクルダウン効果」が一向に現れないことに加え、6月に公正取引員会が2015年度に下請法違反が過去最多の5,980件に達したと発表するなど、違反企業が減るどころか増加の一途であることも一因であると推察されます。

今一つ報道が盛り上がらないのはなぜ?

政府の取り組みの中で注目すべき動きは、9月に経済産業省が発表した政策パッケージ「未来志向型の取引慣行に向けて」です。この政策の策定を推進したのが世耕弘成経産相であるため、通称”世耕プラン”と呼ばれています。そこでは、下請法順守の厳格化に加え、サプライチェーン全体にわたる取引環境の改善、及び、中小零細企業も賃上げができる環境整備に向けた取り組みを図ることが基本方針として掲げられています。

このように、労働人口の大半を占める国民にとって非常に重要な政策ではありますが、不思議なことに豊洲問題などの陰に隠れて、この件が日々のニュースで大きく取り上げられているという印象は強くありません。全国紙などの広告スポンサーである大企業や、そもそもテレビ業界が下請けを安く使うことで潤っていることがその背景なのか、と考えることは、必ずしも穿った見方とは言い切れないのではないでしょうか。

今後はフィンテックの活用がカギ

下請け企業の環境改善に対する議論が“政府主導”になりがちで、民間サイドからの盛り上がりが今一つである理由は、下請けも含め日本経済全体が活性化することに異論はないものの、このことが日本株式会社のコストアップをもたらし、結果的に国際競争力を低下させてしまうのでは、という懸念が一部で大きいことも一因であると考えられます。

こうした中で注目される動きは、電子記録債権を活用した中小企業金融のイノベーションです。法律だけに頼るのではなく、ITの活用で下請け企業に元気を取り戻すための試みです。たとえば、フィンテックベンチャーのTranzax株式会社の取り組みが注目できると思います。

同社では、中小企業が大企業から受け取った売掛債権を電子記録債権化したうえで、一括して同社出資の特別目的会社(SPC)が低金利で買い取るファクタリングサービス「サプライチェーンファイナンス」を、この8月から開始しています。

このサービスを使えば、下請事業者であるサプライヤーは、金利コストの削減に加えて、債権の持ち込みから2日間という短期間で現金化が可能になり、資金繰りが大きく改善するというメリットを享受できます。また、親事業者もこれまで銀行や支払代行業者に払っていた支払手数料を払う必要がなくなります。加えて、優秀なサプライヤーを囲い込むことができます。さらに余裕資金があれば安く債権を買い戻すことが可能となります。

まさに、「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三方良し、の状態が実現するサービスですので、今後の同社の取り組みは十分に注目に値すると思います。

政府にばかり頼るのではなく、民間が知恵を絞ってトリクルダウンを実現させていく、という発想が重要だと思います。

 

和泉 美治

同志社大学文学部卒業後、エルコインターナショナル (現:京セラエルコ) に入社。英国バーミンガム大学にてMBA取得。
その後UBSフィリップスアンドドリュー証券 (現:UBS証券) に入社し、調査部にてエレクトロニクスセクターを担当。2002年より2013年までJ.P.モルガンにて産業用エレクトロニクス及び民生エレクトロニクスセクターを担当。
日本証券アナリスト協会検定会員。