ある日の昼下がり、銀座コリドー街を歩いていた筆者はあるお店の前を通りかかりました。「近畿大学水産研究所 銀座店」、近頃有名な「近大マグロ」のお店です。いつも大変な行列だと聞いていましたが、この日はゼロ。お店の方に「普段は並びますよね?」と尋ねると「大阪は近大の知名度がありますから並びますが、こちらはそれほどでも」とおっしゃいます。

お店の名誉のために申し添えますが、銀座店はオープンから3年近くたつ現在も予約困難な人気店です。東京での知名度がないと謙遜されますが、近畿大学(近大)といえば「マグロ大学」と呼ばれるほどにマグロで注目され、見る者の度肝を抜くド派手な広告で物議を醸した(?)大学界の風雲児的な存在。3年連続志願者数日本一になるなど、人気も急上昇中です。

また、実は原子力研究所に原子炉を有するなど、研究環境が整った大学でもあります。さらに、最近では株式市場でもその名が影響を与える事例があるというのです。そこで、実際に近大と提携した上場企業の株価を調べてみると、投資を考えるうえで少し興味深い事実がわかりました

※いずれも近大との提携を発表する前日の株価とTOPIXを100とした場合の変化

近大といえばあの魚! 提携企業の株価はどうなった?

近畿大学といえば、なんといっても「マグロ」。そのクロマグロ完全養殖事業で、2010年9月に初めて近畿大学と技術協力提携を締結したのが豊田通商(8015)です。

提携発表後同社の株価は徐々に上昇し、発表から3週間後には発表前日に比べて+12.8%に。その後、2014年7月の覚書締結、同年11月に同社の養成したマグロの近大マグロ認定など、近大マグロ関連の発表を行うたびに株価を上げ、発表前日を起点とした株価パフォーマンスは、常にTOPIXを上回ってきました。

近大マグロは2020年に現在の3倍の供給量を目指しているといいます。引き続き注目しておきたい銘柄です。

出所:SPEEDAより投信1編集部作成

>>参考:近畿大学2010年9月10日付プレスリリース「豊田通商と近畿大学、クロマグロ完全養殖事業で技術協力提携」

社会的に注目されるテクノロジーで提携した2社の株価は?

産学連携とよく言いますが、そもそもどういう意味があるのでしょうか。企業にとっては社内だけでは足りないリソースと頭脳を補うものであり、大学からすれば寄付金や実用化などに期待できる点がメリットだと考えられます。

では、「放射能除染」「iPS細胞」という社会的にも注目されるテクノロジーに近大とともに挑んだ2社の株価はどうなったのでしょうか。

1社目は中外炉工業(1964)です。東日本大震災後、大きくクローズアップされた原発事故の除染問題。2014年3月、同社は近大と共同で「バイオコークス技術を用いた汚染バイオマス減容化装置」を用い、放射性物質を含む樹木や雑草を圧縮して容量を減らす技術の効果を確認したと発表しました。

この発表から1週間後には同社の株価は発表前日に比べ+6.5%上昇しました。しかしその後は業績が伸び悩む時期があり、株価も対TOPIXではパッとしない状況が続いています。

出所:SPEEDAより投信1編集部作成

>>参考:近畿大学2014年3月19日付プレスリリース「バイオコークス技術で除染廃棄物問題を解決へ」

次に、ノーベル賞受賞で注目が集まった「iPS細胞」関連の装置開発に2015年2月、近大・三重大と共同で成功したシンフォニアテクノロジー(6507)はどうでしょうか。この装置で高い品質のiPS細胞を簡単に培養できるようになることから、再生医療の広がり、新薬の開発に期待が持たれています。

装置開発成功の発表の翌営業日、同社株価は発表前日に比べて最大で+34.3%上昇しました(終値ベースでは+19.9%)。しかし、同社の株価もその後は軟調に推移しています。

出所:SPEEDAより投信1編集部作成

>>参考:近畿大学2015年2月27日付プレスリリース「iPS細胞の品質を維持する装置の開発に成功!」

こうして見てみると、研究・実証実験や将来への期待値だけで株高を維持するのは難しい、と言えるかもしれません。むしろ注目された後の決算が今一つ、あるいは良くも悪くもサプライズがない、となると、その反動が通常よりも大きくなる可能性もありそうです。

「すごい大学」に納入できる会社は「すごい会社」と評価されるのか

最後に、近大に自社製品が採用されたケースを見てみましょう。自社製品の納入を発表する「事例プレス」は、IT企業などでよく見られます。モノが見えないIT企業にとって、納入先企業の知名度や規模も自社製品をアピールするよい機会なのです。

チエル(3933)は、2016年5月、近畿大学に授業支援システムを導入したと発表。発表翌日の同社株価は発表前日に比べ+16.6%上昇しました。ただし同社の場合、この時期に「デジタル教科書」の関連報道を受けて、教育IT銘柄への買いが集まっていたことも影響したと考えられます。また、その後は信用規制の強化等の影響を受けて大きく値を下げ、現在に至ります。

同社は上場したばかりでもありますので、しっかりと実績と業績を積み上げることが今後の市場の評価を固めることにつながっていくのでしょう。

出所:SPEEDAより投信1編集部作成

>>参考:チエル社2016年5月16日付プレスリリース「チエルが近畿大学における次世代の教室環境、『ハイブリッド型アクティブラーニング教室』の導入を支援」

なぜ近大と組むと一瞬でも株価が上がるのか

「株高になる」ことは、市場の期待の表れです。たとえ数日でも「近畿大学と組んだ」ということで市場が反応するのですから、現在は近大と組むことそのものが市場からの評価の対象になっているのでしょう。また、その評価を先読みする人の存在も株価に影響を及ぼしていると考えられます。これは、ここ数年近大がかなり型破りな取り組みを続けており、その発信力と存在感が強まっていることの証左とも言えます。

ただし、今後も近大と組む会社の株価が常に上がるとは限りません。今は近大が「何かやってくれる」という期待のある大学だという認識が市場にあるからこそ、提携する企業、いわば「近大銘柄」の株価にも影響があります。近大の動きに刺激を感じなくなれば、こうした動きもなくなっていくかもしれません。

まとめ:新たな「近大銘柄」が生まれるかどうかは近大の輝き次第

いかがでしたでしょうか。近大からすれば余計なお世話かもしれませんが、投資を行う立場としては、将来的に「近大ポートフォリオ」を組む投資家も出てくるくらいに、先進的かつ刺激的、そして型破りなスタイルを保ち続けてほしいものです。また、どういう企業が今後近大と提携してくるのか、それも注視していきたいと思います。

 

LIMO編集部