米連邦公開市場委員会(FOMC)が11月1、2日に予定されています。今回のFOMCでは政策金利の現状維持が見込まれていますが、次回12月のFOMCでは1年ぶりに追加利上げが実施される見通しです。

したがって、現時点でマーケットが抱えているリスクは12月のFOMCでの利上げ見送りとなりそうですが、利上げが先送りされるリスクとしてイエレン議長の「高圧経済」発言が注目されています。

高圧経済を目指すなら12月の利上げ見送りも想定内

米連邦準備理事会(FRB)のジャネット・イエレン議長は10月14日、経済危機による損失の修復を図るには「高圧経済(high-pressure economy)」政策が唯一の方策となりうる、との考えを示しました

「高圧経済」とは聞きなれない言葉ですが、平たく言うと需要が供給を大きく上回る経済状況のことです。高圧経済のもとではインフレ見通しが強まります。

イエレン議長の発言を受けて、インフレ率が2.0%の目標を越えてもFRBは容認するのではないかとの見方が広まり、米金利が上昇しています。また、米金利の上昇によりドル高・円安も進行しています。

米経済は雇用情勢が堅調な割にはGDP成長率が伸び悩んでいます。その一方で、インフレ率は目標の2.0%に近づいていることから、インフレ目標にこだわるならば近い将来の利上げは避けられない状況となっています。

しかし、景気が停滞している中で追加利上げを実施した場合、景気がさらに失速する恐れがあります。多少のインフレには目をつぶり、景気回復が力強さを増すまでは緩和的な政策を維持したいと考えても不思議ではありません。

12月のFOMCでの利上げは既にマーケットに織り込まれた観がありますが、高圧経済を目指すのであれば、見送りも視野に入れたほうがよいかも知れません。

議論はまだこれから、金利や物価の動きを注視

もちろん、イエレン議長の発言がそのままFRBのコンセンサスになるわけではありません。

10月17日にスタンレー・フィッシャー副議長が行き過ぎた「高圧経済」のインフレリスクを警告したほか、10月25日には米サンフランシスコ連銀のジョン・ウィリアズム総裁が12月の利上げを支持するなど、年内の利上げに向けて前向きな発言も見られます。

金利の上昇は企業の設備投資を抑制する可能性があるほか、住宅ローン金利の上昇を通じて住宅市場を圧迫するなどの弊害も予想されます。一方、金融機関の収益の改善が見込まれるほか、年金生活者にも恩恵があると考えられますので、ネットではプラスの効果も期待できます。

実際のところ、現在の米経済にとって金利の上昇がプラスに働くかどうは未知数であり、検証が必要です。また、政策金利の引き上げと期待インフレ率の上昇による金利の上昇は似ている部分もありますが、異なる部分もありますので注意が必要です。

高圧経済では多少のインフレは容認されると見られていますので、インフレ目標の引き上げとはセットと考えることも可能であり、今後の展開として、インフレ目標の引き上げに関する議論にも注目が集まりそうです。

カギを握るのは長短金利差の拡大

高圧経済は期待インフレ率を高めて長期金利の上昇を促すと考えられますが、これまでFRBが実施してきた量的緩和は長期金利の低下を促していたことから、従来とはかなり方向性の異なる政策と言えそうです。

日銀の黒田東彦総裁は9月30日、カナダ人作家モンゴメリーの小説「赤毛のアン」で、アンが「これから発見することがたくさんあるってすてきだと思わない? もし何もかも知っていることばかりだったら、半分もおもしろくないわ」と話す場面を引用し、「日々新しい知恵や解決策、政策ツールを見つけ出そうと多大な努力を続けている全ての中銀職員とエコノミストにとって大きな励ましだ」と語っています

日銀は9月の政策決定会合で「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入し、長短金利差の拡大を促す方針を示しています。高圧経済も金利への影響としては長短金利差の拡大を促すと考えてよさそうですので、当面は長短金利差が拡大していくのかどうかが注目されます。

「正常化」は間違った目標?

FRBの元エコノミストで米ダートマス大学のアンドリュー・レヴィン教授は21日、金融政策について、誤ることがありうるために間違っても是正できる体制が必要との見方を示しました

同教授の指摘は、FRBの金融政策が間違っている可能性があるとしている点で示唆に富んでいます。

また、米アトランタ連銀のデニス・ロックハート総裁は今年7月、「われわれが経済の歴史において以前とは異なる時期や環境にいることは明らかだ。よく見聞きする正常化への期待というのは実際のところ、間違った目標だろう」と述べています

FRBは昨年12月に約10年ぶりに利上げを実施しましたが、その後の米経済は明らかに失速していますので、「正常化」に向けてスタートを切った前回の利上げは間違っていたのかも知れないと考えても不思議ではありません。

FRBは現在、間違いを是正できる体制なのかどうかを問われている可能性もありそうです。

 

LIMO編集部