日本の石油化学設備が足りないって本当?

エチレン生産設備削減について考える

この記事の読みどころ

  • 10月19日付けの化学専門紙・化学工業日報の一面トップに、「石油化学設備、停止早すぎた?」というタイトルで、設備統廃合の流れに疑問符を投げかける記事が掲載されました。
  • 1990年代のバブル崩壊以降、素材産業の中核である石油化学産業の生産能力が足りないという議論は、筆者が記憶する限りこの記事が初めてです。
  • この記事が出た10月19日の主要な石油化学系企業の株価終値をチェックしてみたところ、特に上昇した気配はありませんでした。市場は記事の内容を冷静に判断したと言えるでしょう。
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止めなければもっと儲かっていた?

まずは記事の内容を要約しておきましょう。発端は、2016年1~8月累計のエチレン*の輸入量が、前年同期と比べて17倍の79,440トンに上ったということでした。

エチレンを原料にしたポリエチレンなどの合成樹脂の輸入も前年同期比で+20%前後の伸びを示し、また、直近の9月のエチレン生産稼働率は全国平均で95.2%と実質フル操業になったというデータから、設備が“足りない”としています。

そもそも鉄鋼、石油、石油化学、セメントなど主要な素材産業セクターは、経済産業省の指導と民間企業の勇気ある行動で、1990年代のバブル崩壊後の“失われた20年”の間、一貫して過剰設備の統廃合による事業構造の再構築を行ってきています。

しかし、この記事で触れられている石油化学系企業幹部の「クラッカー(エチレンプラント)を止めずにいたら、もっと儲かっていたはずなのに」というコメントは、今のメーカーの本音を示しているようにも感じられます。

*エチレン:鉄鋼で言う粗鋼生産にあたる石油化学の代表的な基礎原料。粗製ガソリンと言われるナフサをクラッカー(エチレンプラント)で熱分解することで産出される。ポリエチレン樹脂、塩化ビニル樹脂、ポリエステルなどの製品の主要原料である。

エチレン生産能力削減の背景

2008年のリーマンショック、中国の石油化学分野の劇的な拡張、米国の安価なシェールガス由来の競争力あるプラント建設ラッシュなど、わが国の石油化学産業を取り巻く環境は厳しさを増し続けてきました。

実際、三菱化学(三菱ケミカルホールディングス)、住友化学、旭化成ケミカルズ(旭化成)の3社が2014年以降、現在までに3基、総年産能力129.4万トンのエチレンプラントを停止しています。

これは、停止以前の生産量737万トン/年(定期修理実施年ベース)に対して約18%弱の削減規模です。「日本の化学企業は、なぜ競争力を喪失した大型石油化学事業から撤退しないのか?」という、海外投資家に会うと必ず聞かれる質問への回答を、ある程度実行したとも言えるでしょう。

前述の石油化学系企業幹部のコメントのように、プラントを止めなけばもっと儲かっていた可能性はあるかもしれません。しかし、昭和電工、東ソーなど能力削減には至っていない企業の株価が、この記事が出た10月19日にどうなったかというと、終値は前日比で下がっています。この市場の反応は健全なものだと考えます。

設備削減は正解なのか?

では、設備の削減は石油化学企業にとってどんなメリットがあるのでしょうか。1つは、余剰能力をトリミングして設備稼働率をフルに近い水準で安定させることで利益率が改善することです。また、より多くの資金を精密化学・ライフサイエンス・電子材料などの事業多角化に振り向けることができるようになるという点も大きなメリットです。

従来、米国の安価なシェールガス由来の石油化学プラントの完成/稼働時期は2017年以降と見られていましたが、1~2年遅れるというのが最近の予想です。したがって、現在は設備削減に“もったいない”感があっても、あと数年すれば削減が「正解」だったと認識されるのではないでしょうか。

裏を返せば、2018年前半くらいまでは石油化学事業が予想に反して儲かることになるという見方にも一理あるかもしれません。

 

石原 耕一

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石原 耕一

早稲田大学法学部卒。ペンシルバニア大学ウォートン校AMP修了。
大学卒業後、和光証券(現 みずほ証券)に入社。その後、リーマンブラザーズ証券、UBS証券、みずほ証券等でアナリストとして40年以上株式市場で調査活動に従事。特に化学セクターでは20年以上の調査経験を持つ。