向かい風の電通、株価も逆風

2016年11月7日、電通に対して東京労働局などによる強制捜査が始まりました。新入社員が過労のため自殺したことが今回のきっかけです。まず、ご遺族にお悔やみ申し上げます。

また、電通ではデジタル広告サービスにおける不適切業務、簡単に言えば過剰請求問題も判明しています(2016年9月23日会社発表)。

このように電通には向かい風が強まっていますが、株式市場の反応はどうでしょうか。以下の株価チャートは、電通(青色)と博報堂DY(赤色)の過去10年間の株価パフォーマンスの推移です。

電通(青)と博報堂DY(赤)の過去10年間の株価推移

博報堂DYの株価には追い風に見える

グラフの右側を見ると、赤い博報堂DYの株価が青の電通を上回っていることが見て取れます。電通の逆風は、博報堂DYには追い風になっているのかもしれません。

しかし、筆者はむしろ、2社の株価が過去10年間、どちらか一方が圧倒的に優位に立つということもなく、同じような動きをしてきたことのほうに興味をそそられます。電通は積極的な海外M&Aを通じて国内事業への依存度を引き下げてきましたが、今のところそれが博報堂DYの株価パフォーマンスに対して決定的な違いを生んではいないのです。

広告代理店間のシェアの移動は起きるのか?

足元では確かに博報堂DYの株価に勢いがあり、国内広告市場において電通からシェアを奪う期待が高まっているように解釈できそうです。特に、電通のデジタル広告サービスの不適切業務問題は、金額の多寡にかかわらずクライアントからの信頼に係る重要案件ですので、シェアに重大な影響を及ぼすことは避けて通れないでしょう。

しかし、対する博報堂DYが順風満帆なのかといえば、まだ何とも言いがたいのではないでしょうか。

まず、労働時間の問題については、電通の労働生産性が博報堂DYに著しく劣るため長時間労働が発生したとは考えにくいと思います。今後、電通が労働時間の適正化を進めるにつれて、博報堂DYが圧倒的にコスト優位に立つならばよいのですが、業務内容を考えるとそう判断するのは現時点では難しいと思います。

次に、コンプライアンスの水準が同じになれば、クライアントは提案力で広告代理店を決めるということです。今回の電通の事案は必ずしも電通の広告提案力自体に直接悪影響を及ぼすとは考えにくいのではないでしょうか。

シェアより気になるパイの大きさの行方

最後に挙げたいのは、そもそもパイの大きさ自体が縮小するというリスクです。確かに、テレビメディアの広告費全体額は過去4年間減少傾向とは言えませんが、テレビ視聴自体は徐々に低下しています。しかも、今後はスマホやタブレットといったポータブルなデバイスでネット上の動画広告を見ることが主流になっていくはずです。

それは広告の効果を、リアルタイムに個人レベルで捕捉することが可能になる世界を意味しています。これができない、いわゆる「マスメディア」の価値は重大なチャレンジを受けることになるでしょう。

ただ、チャネルが変わっても、電通や博報堂DYのクリエイティブ力は極めて優秀ですから、活躍の場は広がる可能性を秘めています。

しかし、ネットの世界では製品・商品の比較情報が溢れており、いずれ広告の中身も広い意味での比較広告が増えていくのではないでしょうか。比較広告の世界では、そもそもの製品や商品の訴求ポイントが問われることになり、従来のブランディング・イメージ重視の日本型クリエイティブはその能力発揮を発揮しにくくなるでしょう。

わかりやすい例で言えば、通信各社のCMはいずれも面白いのですが、CMをいくら見ても通信会社の選択につながる情報、つまり何がどれだけお得なのか、便利なのか、信頼できるのかわからないということです。

しかも、この面白い広告は実はユーザーの通信料から賄われているという皮肉な実態がその背後にあるのです。比較広告の世界では、わかりやすさと経済合理性が一番重要になります。面白いだけの広告は求められません。

こうした広告業の構造変化の兆しが見えつつある今、パイ自体を大きくする新しい取り組みが、電通・博報堂DY両社に求められているのではないでしょうか。

 

LIMO編集部