2017年に100周年を迎える企業に見る日本の競争力

人も企業も長生きする日本、企業の歴史に耳を傾けてみよう

この記事の読みどころ

  • 日本は人だけでなく企業も長寿の国であり、ある統計によると、創業200年を超える企業の半分以上が日本にある企業とのことです。
  • 2017年に100周年を迎える企業が創業した1917年は、世界第一次大戦が続いていた年であり、日本では、「大戦景気」と呼ばれる好況期でした。その影響で社会の雰囲気や産業構造も大きく転換した時期です。
  • 本稿では2017年に創業100周年を迎える企業をいくつか紹介します。それぞれにヒストリーという名のストーリーがありますし、災害や戦争などの修羅場をくぐり抜けてきた企業です。このような長寿企業に投資をする際は、企業のヒストリーにも目を向けると、その企業の隠れた競争力に気づくことがあるかもしれません。
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人だけでなく企業も長生きする日本

日本が平均寿命の長いで長寿の国ということは知られていますが、長寿企業が多い国でもあるということはご存知でしょうか。

長寿企業の定義はいろいろあるかと思いますが、この分野を研究されている方々の間では、創業後100年以上事業を行っている企業を長寿企業と定義していることが多いようです。

帝国データバンクの調べによると、2014年9月の時点で、業歴が100年以上ある企業は、日本には約27,000社あるそうです。

また、少し古いデータとなりますが、2008年に韓国銀行が発表した「日本企業の長寿要因および示唆点」という報告書によると、世界で創業200年以上の企業は5,586社(合計41カ国)あり、このうち56%の3,146社が日本の企業で、続いてドイツ837社(15%)、オランダ222社(4%)、フランス196社(4%)の順となっているのだそうです。

もちろん、業歴が長いだけでは良い企業とは言えないかもしれません。しかし、企業が永続性を前提とするものであるならば、100年超の長寿企業には、永続してきたという実績を裏付ける良い意味での特異性があるように感じます。

2017年に100周年を迎える企業の創業した頃はどんな時代?

2016年もあと1カ月半を残し、2017年に意識が向く季節になりました。そこで、2017年に長寿企業の仲間入りをする予定の企業について見てみたいと思います。つまり、2017年に100周年を迎える企業です。

(注)創業と会社設立が異なるケースがあり、どちらを初年とするかは会社によって異なります。

2017年に100周年を迎える企業が創業した1917年(大正6年)は、世の中に大正ロマンの雰囲気が浸透してきた時代です。一方、欧州では1914年に始まった第一次世界大戦が3年目を迎えていました。

世界的に軍需品への需要が急増する反面、それまでの主要な生産拠点である欧州が戦場となって供給力を落とし、長引く戦災で欧州は疲弊の度を増していました。ロシア革命が起きてソビエト政権が樹立したのも1917年です。

世界的な需要過多の中、欧州から遠く離れていた日本は、工業製品の供給国としての存在感を一気に増すことになりました。その結果、日本では、いわゆる「大戦景気」と呼ばれる好況期を迎えました。日本が債務国から債権国になったのも、日本の産業が重工業化したのも、成金と呼ばれる人たちが現れるのもこの頃です。

産業の重工業化が進んだことの象徴としてあげられるのは、「工業家が力を合わせて、わが国の工業を発展させる」ことを目的に、日本工業倶楽部が設立されたことでしょう。その設立も1917年です。

2017年に創業100周年を迎える企業

そうした背景から、1917年には、重工業関連の企業の創業が目立ってきます。いくつかを紹介いたします。

富士重工業(7270) [旧・中島飛行機]

「スバル」の自動車ブランドを持つ富士重工業の前身は、中島飛行機という航空機メーカーです。創業者である元海軍機関大尉の中島知久平氏が、1917年に今の群馬県太田市につくった飛行機研究所がその原点で、陸軍向けの航空機を中心に開発を行い、太平洋戦争終戦までは東洋最大の航空機メーカーでした。

当時、陸軍機は中島飛行機、海軍機は三菱という住み分けがあったようですが、海軍機で三菱が設計した零戦のライセンス生産を行っており、零戦の3分の2は中島飛行機が製造したほどでした。

戦後は航空機の開発が制限され、旧中島飛行機の関連会社の統合で富士重工業となった後は、自動車の開発・製造が中心となり、「スバル」ブランドを確立していきました。2017年4月には社名もSUBARUに変更となる予定ですが、中島飛行機創業100周年が強く意識されています。

ニコン(7731)

光学兵器の国産化を目的として、東京計器製作所光学部、岩城硝子製造所、藤井レンズ製造所が合同し、三菱の資本により設立されたのがニコンの前身となる日本光學工業株式會社(日本光学工業株式会社)です。創業当初は民生用双眼鏡を手がけていましたが、1930年以降は光学兵器の開発・製造が中心となりました。

戦後、光学兵器の開発はできなくなりましたが、創業時に手掛けていた双眼鏡の技術などを用いて民生用のカメラに転換し、高級機の「ニコン」を製造するようになりました。

TOTO(5332)

現在のノリタケカンパニーリミテド(5331)の前身である日本陶器合名会社の製陶研究所が母体となり、1917年、福岡県北九州市に東洋陶器株式会社が設立されました。

設立当初より衛生陶器の製造が開始されたものの、衛生陶器の市場はまだ小さかったこともあり、創業時は食器も製造していたそうです。ロゴマークには、得意としていた瑠璃色の色付けの色が採用されています。その後、初めて水洗便器の本格的国産化を実現するなど、日本のトイレ環境に大きな貢献をしてきました。

理化学研究所(理研)

一般企業とは異なりますが、現在でも日本唯一の自然科学分野の総合研究所である理化学研究所が設立されたのも1917年でした。当初は財団法人として設立されています。

タカジアスターゼやアドレナリンを開発した高峰譲吉氏が設立を提唱したのをきっかけに、渋沢栄一氏など実業界の重鎮が設立者として名を連ねました。戦前は、理研の研究成果を企業化して生まれた関連会社で理研コンツェルンという財閥を構成しましたが、戦後の財閥解体により、それらの企業群は解体されました。

リコー(7752)[旧・理研光学工業] やピストンリングのリケン(6462)、「ふえるわかめちゃん」の理研ビタミン(4526)などは、理研をルーツとする企業です。なお、理研本体は、現在でも、国立研究開発法人として運営されています。

長寿企業のヒストリーに耳を傾けてみよう

2017年に創業100周年を迎える企業をいくつか見てきましたが、こうした企業は、関東大震災や太平洋戦争など、いわゆる修羅場をくぐり抜けてきた企業です。

このような長寿企業に投資をする際は、企業のヒストリーにも耳を傾けてみてください。思わず、その企業の隠れた競争力に気づくことがあるかもしれません。

 

藤野   敬太

東京大学経済学部を卒業後、プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント(現日本アイ・ビー・エム)等を経て、2001年から2013年まで、日興アセットマネジメントにて、アナリストおよびファンドマネージャーとして日本株ファンドの運用に従事。
現在は、オフィス・ラコルドの代表として、ファミリー向け・ファミリービジネス向けのコンサルティングおよびアドバイザー業務を展開する。
CFP(日本ファイナンシャル・プランナーズ協会認定)、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、シニア・プライベートバンカー(日本証券アナリスト協会認定)。