豊洲と築地を歩きながら“市場問題”を考えた【アナリスト散歩】

日本の卸売市場と金融市場は社会の変化に対応しているか?

cowardlion / Shutterstock.com

話題の豊洲と築地の現状を見に行く

連日、テレビや新聞のニュースで報道されてきたように、小池百合子東京都知事は今年11月に予定されていた築地市場の移転と豊洲市場開業の延期を決定しています。

そのため、2015年が最後のはずだった築地での年末の買い物は2016年もすることができました。また、2016年が最後となるはずであった年始の初セリも2017年も築地で行われ、豊洲市場での初セリは、環境アセスメントの結果次第ですが、早ければ2018年から、場合によっては2020年までズレ込む可能性があります。

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いずれにせよ、当面、豊洲市場は建屋は完成しても使われない状態が続くことになります。

ところで、皆さんは実際に豊洲や築地の市場へ行かれたことはありますか? 話は良く聞くが実際には行ったことがないという方も多いかと思い、豊洲の近くに住む筆者は豊洲市場と築地市場へ自転車を走らせ、現状を確かめることにしました。

4,000億円近くが投入された巨大な豊洲市場

まずは豊洲からです。豊洲といえば高層マンションに住む高級志向の主婦たちの呼び名「キャナリーゼ」が一時期有名になりましたが、最近のもっぱらの話題は豊洲市場問題です。何となく「豊洲=土壌汚染」というイメージが付きまとうようになってしまい、キャナリーゼさんたちもきっと悲しんでいることでしょう(筆者もですが)。

豊洲市場は、東京メトロ有楽町線と接続する豊洲駅からりんかい線で2駅、1キロほどの場所にあります。豊洲駅周辺は、「ららぽーと豊洲」へ買い物に行く人々で賑わっていますが、豊洲市場の入り口の前は警備員さんだけが寂しく立っていました。

ただし、敷地や建物は新品で外見はとてもキレイです。また、かなり巨大であるため、これを今から潰すのは不可能という印象を持ちました。

ちなみに、東京都の『新市場Q&A なるほど納得!築地市場移転』によると、青果卸売場・仲卸売り場がある5街区、水産仲卸売場や「千客万来」と呼ばれる商業スペースがある6街区、水産卸売場や管理施設がある7街区を合計した敷地面積は約41ヘクタールに達するとのことです。これは東京ドーム約8.8個に相当します。

余談ですが、前回のアナリスト散歩で筆者が訪問した青梅の東芝パソコン工場の約3.4倍もある大きさです。また、東芝はその土地を野村不動産に約100億円で売却しましたが、豊洲市場の用地取得費(東京ガスから購入)は1,980億円であったとのことですので、坪単価はなんと青梅の約20倍ということになります。

豊洲の地価は、銀座により近い築地に比べるとおそらく安いと思いますが、それでも東京郊外に比べると極めて高いということがわかります。

なお、豊洲市場の移転整備費の総額は3,926億円とされています。その内訳は、全体の約半分を占める用地費に加え、建設費が約990億円、豊洲新市場予定地の土壌汚染対策費が約586億円、護岸の整備や東京都市計画道路補助第315号線の高架化などの基盤整備費が約370億円とされています。

それだけの巨額の税金が投入された施設が、使われずに放置されているのが現在の豊洲市場です。食の安全は大切とはいえ、税金がこんな使われ方をしてよいものか...などと色々“もやもや”した気持ちを抱えながら、次の目的地である築地市場へ向かいました。

人もクルマもいない豊洲大橋を見ながら築地市場へ

豊洲市場から築地市場へは有明通りと晴海通りを使って約3キロです。途中の晴海大橋からは、建設中の環状2号線の豊洲大橋も見ることができます。既に豊洲大橋は完成していますが、豊洲への移転の遅れにより全線開通が遅れており、橋には人もクルマも走っていません。これも、宝の持ち腐れという印象は免れませんでした。

先ほどの豊洲市場とは対照的に、築地市場は市場で働く人たちに加え、大勢の外国人観光客が押し寄せていました。

活気は感じられたものの、やはり1935年(昭和10年)の開業から81年を経ていることから、東京都が移転を進める理由として挙げている「施設の老朽化・狭隘化が深刻」、「品質管理の高度化や物流の効率化などに十分対応できていない」ことが実感できました。

『築地の記憶』をたどる

散歩を終えた後、もう少し築地市場のことを知りたくなって調べていくうちに、2016年5月に出版された『築地の記憶(人よりも魚がえらいまち)』(旬報社)という本に出会いました。著者は実際に築地で15年間働いた経験をお持ちの富岡一成氏、写真は築地の魅力にとりつかれて2012年から築地近くに引っ越し撮影を続けた、さいとうただちか氏です。

この本には、築地市場の歴史から働く人々の日常までが詳しく描かれています。特に興味深かったのは以下の3点です。

第1は、築地市場の原点である江戸の魚河岸は、現在の大阪市出身の森孫右衛門によるもので、関東より進んだ関西漁法を駆使して東京湾で捕った魚を幕府に献上し、その余った魚を市中で販売するようになったことが始まりであったこと。

第2は、築地市場は、1916年に起きた米騒動をきっかけに、民衆に対して生活必需品の安定供給を行うことを目的に1923年に制定された「中央卸売市場法」に基づいて設立が決まったこと(実際の開業は1935年)。

第3は、築地市場は開業当初から1970年頃までは価格形成を透明化するために「セリ取引」を原則としていたが、その後は流通の大型化(発言力の高まり)などにより、現在セリ取引で価格が決まるのはマグロやエビなど一部の生鮮品に限定されていること。

筆者は普段は金融市場に関連する仕事に携わっており、同じ“市場”でも卸売市場については全くの門外漢ですが、金融取引所に長い歴史があるように、卸売市場にも歴史があり、また、どちらも時代とともに変化し続けてきたことが、この本から理解できました。

豊洲問題の本質を理解するためには、テレビで盛んに報道されている環境問題や税金の使われ方だけではなく、これまでの歴史を理解することが大切なのではないかと、この本を読んでそんな気持ちがしてきました。

社会の変化に応じて市場は変われるのか

東京都の資料によると、卸売市場を取り巻く環境は少子高齢化の進行、単身世帯の増加、出荷団体の大型化、量販店のシェア拡大、市場外流通の増大などにより、大都市の東京ですら卸売市場の取扱数量及び金額の減少という問題に直面しているとのことです。

一方の株式市場も、海外市場との市場間競争の高まり、掛け声倒れに終わっている家計の「貯蓄から投資へ」の動き、上場直後に下方修正が行われる上場ゴール、インサイダー取引や不正会計など、様々な問題に直面しています。

抱えている問題は全く別物ですが、いずれの市場も社会の公器であると同時に、時代とともに変化が求められていることに共通点があります。また、変化に対応できなければ、いくら伝統があっても、また、立派な「箱モノ」があっても廃れていくであろうことも同じだと思います。

いずれにせよ、2017年はそうした観点で“市場の変化”に注目していきたいと思います。

 

和泉 美治

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和泉 美治

同志社大学文学部卒業後、エルコインターナショナル (現:京セラエルコ) に入社。英国バーミンガム大学にてMBA取得。
その後UBSフィリップスアンドドリュー証券 (現:UBS証券) に入社し、調査部にてエレクトロニクスセクターを担当。2002年より2013年までJ.P.モルガンにて産業用エレクトロニクス及び民生エレクトロニクスセクターを担当。
日本証券アナリスト協会検定会員。