三菱東京UFJ銀行から「東京」の2文字が消える日

ユニバーサルバンクが完成、フィンテックと共存なるか

三菱東京UFJ銀行から三菱UFJ銀行へ

2017年5月15日、三菱UFJフィナンシャル・グループ(8306)は一部報道があった通り子会社の称号変更を発表しました。

グループのメイン企業である三菱東京UFJ銀行を三菱UFJ銀行に変えるというもので、2018年4月1日に予定されています。その理由は、グループ再編を進める中で主要事業会社名を三菱UFJに統一するためということです。

確かにグループ傘下の主要企業で「東京」という文字があるのは同銀行だけですので、変更理由として頷けます。

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なぜ「東京」があるのか

もともと1996年に三菱銀行と東京銀行が合併し、東京三菱銀行となったことが「東京」の名前の由来です。

その後、2005年に三菱東京フィナンシャル・グループと、三和銀行および東海銀行を母体とするUFJグループが合併し、三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)が発足し、翌2006年に東京三菱銀行とUFJ銀行が統合して三菱東京UFJ銀行ができたという経緯です。

三菱銀行はM&A戦略に長けており、日本信託銀行を子会社化しましたが、その後に手掛けた比較的大きな案件が東京銀行でした。これは、邦銀では国際化の面でやや見劣りしていた三菱銀行が事業基盤を拡充するための戦略として位置づけられていました。

東京銀行の前身は横浜正金銀行

さて、東京銀行といえばご存じない方には東京の地銀というイメージに聞こえるかもしれません。しかし実はその母体は、戦前の世界3大外国為替銀行の1つと言われた横浜正金銀行でした。

戦後は都市銀行という位置づけながら、外為専門銀行として外国為替業務に強みを持つと同時に邦銀最大の海外店舗網を持っていましたが、他の都市銀行の追い上げを受けるなかで中長期の戦略として三菱銀行との合併を選択しています。

ちなみに、東京銀行の旧本店は日本橋本石町にあり、日本銀行、旧三井銀行本店、三越のならびという場所です。また、横浜正金銀行本店は現在神奈川県立歴史博物館に、旧神戸支店は神戸市立博物館になっています。

より本質的なグループの「機能別再編」

今回、銀行名について取りざたされることが多いですが、より重要なメッセージが発せられています。それは、三菱UFJ信託の法人貸出を三菱UFJ銀行に集約し、信託銀行は資産運用・不動産・信託の専門化を進めるという決定です。

「MUFG再創造イニシアティブ」と呼ばれ、持ち株会社の傘下に、商業銀行、信託、証券がきれいに並ぶ形です。これはもう30年以上前から三菱銀行が唱えていたユニバーサルバンク構想の結実だと思います。

「東京」の文字がなくなることよりも、長年の三菱銀行の悲願がようやく達成される時が来たことに筆者は感慨を覚えます。

フィンテックと共存する

さて、今回の発表を見ると、随所にデジタル対応という言葉が出てきます。たとえば、外国為替の領域はFX事業やフィンテック事業者によって安価で確実な国際的資金移動が実現しつつあり、貸出市場にもこの波がいずれ襲ってくると思われます。

外国為替専門銀行を示す「東京」の2文字が消えることは、外国為替業務が商業銀行の主たる業務ではなくなる日が近いことを暗示しているのかもしれません。

MUFGがフィンテックとどう共存していくのか、今後が楽しみです。

椎名 則夫

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椎名  則夫

早稲田大学政治経済学部を卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。証券運用と法人融資に携わる。
シカゴ大学MBA取得。フィデリティ投信に入社、中小型株全般、医薬品・ヘルスケア、保険、通信、インターネットの企業調査に従事。その後モルガンスタンレー証券にて株・クレジットのリスク管理業務を行う。
日本証券アナリスト協会検定会員、CFA。