皆さま こんにちは。アセットマネジメントOneで調査グループ長を務めます柏原延行です。

通貨ユーロが重要な節目と考えていた1ユーロ=1.10米ドルを超え、図表1の通り、1.12米ドルまで上昇しています(通常、米ドルは1米ドル=113円のように表記されますが、対ユーロでは、1ユーロ=1.10米ドルとの形で表記されます、すなわち、数字が大きくなるほど、ユーロ高です)。同様に、ドイツはいうまでもなく、フランスやイタリア、スペインの株価指数も堅調に推移しています。

この背景には、フランス大統領選でのマクロン氏の勝利に加え、14日に行われたドイツ最大の州であるノルトライン・ウェストファーレンの議会選挙でメルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)が勝利し、秋の連邦議会選挙においても有利であるとの見方が広がったことがあるといわれています(地方選挙は国政選挙の前哨戦です。我が国でも都議会選挙が7月に予定されています)。CDUのライバルであるドイツ社会民主党(SPD)は、連邦議会選では苦戦との報道が多くなっているようです。

ドイツにおいては、2013年の連邦議会選挙で、議席を得た会派は、4個しかなく、いわゆる極右といわれる勢力は連邦議会に議席を有しません(ドイツ大使館ホームページに記載の情報から)。また、CDUとSPDは国政では連立を組んでおり、与党の議席数は約8割と圧倒的なものです。仮に連邦議会選でSPDが苦戦するのであれば、現在より議席数が減少するSPDは、引き続き連立を組む可能性が高いと考えます。したがって、ドイツの秋の総選挙を、欧州の政治リスクとして捉える見方は急速に萎んでいます。

それでは、今後1年程度を見据えたうえでの、欧州の政治に関連したリスクとしては、どのようなものが想定できるのでしょうか?

図表1:ユーロ/米ドルの推移(過去6カ月分)
2016年11月24日~2017年5月24日:日次

出所:ブルームバーグのデータを基にアセットマネジメントOneが作成

 

私は、①6月の英国総選挙、②年内実施の可能性もあるイタリア議会選挙、③ドイツを中心とした国々からの欧州中央銀行(ECB)に対する「緩和的な金融政策を転換せよという圧力」が挙げられると考えます。

まず、英国総選挙についてです。

メイ首相は、6月に総選挙を実施することを選択したのですが、この選択の背景には、(現在の議席数より)首相が率いる保守党が優勢な結果を得ることによって「英国のEU離脱に関する議論」について、自身がリーダーシップを発揮することを目指していると思われます。そして、そのリーダーシップの方向性は、これまでのメイ首相のコメントから判断するかぎり、厳しい離脱(Hard Brexit)を目指すものであるようです。

ごく簡単にいえば、厳しい離脱とは、「移民等の受け入れを拒否、あるいは限定なものに留める」かわりに、「EUの一員として享受していたメリット」を放棄することです。EUの一員としての最も大きいメリットと思われるのは、EUと英国の間の自由な取引(EU単一市場へのアクセスという言い方がされます)の保障です。単一市場へのアクセスを失うと、製品(財)やサービス(金融も含む)をEUに提供することに障害が発生する可能性があります(例:製品販売における関税)。

したがって、英国が厳しい離脱を選択した場合には、(一時的であるか否かには議論があるものの)いったんは英国の成長率が下振れする蓋然性は高いと思われます。加えて、英国では消費者物価指数(4月)が前年比+2.7%となり、加速気味であることも気になる点です。

しかしながら、英国における株価(図表2)や不動産価格(図表3)の推移は、株価は高値、不動産も大きな下落には至っておらず、厳しい離脱を織り込んでいるとは思えず、仮にこの離脱に向けた進展があれば、下落を余儀なくされる可能性があると考えます。

図表2:FTSE100種総合株価指数
2012年1月6日~2017年5月19日:週次

出所:ブルームバーグのデータを基にアセットマネジメントOneが作成

 

図表3:IPD 英国不動産インデックス
2012年1月~2017年4月:月次

出所:ブルームバーグのデータを基にアセットマネジメントOneが作成
※UK IPD Capital Growth All Property を使用

 

次に、年内にも実施される可能性があるイタリア議会選挙です。イタリアでは、反ユーロを掲げる政党「五つ星運動」が政権を取る可能性が取りざたされており、選挙が近づくにつれ、政治的な不安定さが「市場のかく乱要因」となる可能性があります。

ある国が国際的な競争力で劣位に追い込まれたときは、その国の通貨価値が下落することによって、競争力を取り戻すことができるのですが、イタリアは単一通貨であるユーロを採用しているため、通貨の調整という方法をとることができません(ユーロは、ドイツにとっては安く、イタリアにとっては高いと考えることもできます)。そして、通貨という調整手段を持たない場合には、労働者の賃金を下げることが競争力回復のための有力な手段のひとつになるため、国民の生活を圧迫する可能性があります。

したがって、イタリアにおける政治的リスクは、他の国と比較しても大きなものになると考えることは自然なことです。

最後に、ECBに対する金融政策転換を巡る圧力です。

欧州における金融政策は、単一通貨であるユーロを採用していることによって、ユーロ採用国全部に適用されてしまいます。ここでの問題点は、端的にいうと各国が置かれている経済的状況が異なるにも関わらず、同一の金融政策が適用されてしまうことが構造的な歪みを引き起こしていることです。

欧州債務問題は、直接的にはギリシャにおける統計の変更(国の債務など)でしたが、主要国であるドイツなどの景気停滞に伴い、ECBが金融緩和的な政策を選択した時期に、金融緩和の必要性が低かったスペインなどで不動産価格のバブル的状況を引き起こしたことも要因としてあげられると私は考えています(2008年のリーマンショックでバブルは破裂し、2009年以降の欧州債務危機に至りました) 。

現状は、主要国ドイツでは、インフレ率が上昇するなど引き締めが必要であるかもしれない状況に至っている可能性があるにも関わらず、周辺国では、金融引き締めに対する準備ができておらず、金融政策の転換、または転換圧力が、大きなイベント(例:銀行不良債権問題の顕在化など)を発生させる可能性があると考えます。

全体として、ユーロ圏の景気は堅調であり、また、フランスの大統領選というユーロ崩壊を引き起こしかねないイベントを無事通過したことは大きな安心材料と捉えるべきで、これが足元のユーロ高として表れていると考えます。

一方で、上記の3つの事態の状況は、リスクを招くかもしれない要因として、一定程度の注意が必要と考えています。

柏原 延行