6月18日の日経新聞は、「企業体力 喜べぬ最高 効率、世界標準に見劣り」という記事を掲載しています。1982年度と昨年度を比較すると、自己資本比率が20%から40%に倍増している一方、ROE(株主資本利益率)は9%のままであることが問題だ、としているのです。本当にこれは問題なのか、考えてみました。

ROAは82年比倍増している

最初に経済初心者向けの解説ですが、ROA(Return on Asset)は総資産利益率といって、利益額を総資産(バランスシートの左側)で割った値です。ROE(Return on Equity)は株主資本利益率といって、利益額を株主資本(バランスシートの右下部分)で割った値です。

上記記事の数値をもとに、実際の企業の姿を想像してみましょう。総資産は100億円のまま一定で推移したとします。82年度の自己資本は20億円で、ROEが9%なので利益額は1.8億円、ROAは1.8%だったことがわかります。

昨年度は、自己資本が40億円で、ROEが9%なので、利益額は3.6億円、ROAは3.6%だったことがわかります。ROAは2倍になっているのです。

ROAを上げるのは経営者、ROEを上げるのは財務担当者

ROAを上げるのは、大変なことです。競争力のある製品を作る、業務の効率化を図る、等々の努力や工夫が必要だからです。一方で、ROEを上げるだけなら簡単です。財務担当者が銀行から借金をして、それを配当として株主に配れば良いのですから。

以下、税金と金利のことは考えないことにして、上記の数値例を使うとすれば、20億円を借りて、それを配当してしまえば、資産(100億円)と利益(3.6億円)は変わらずに、負債が80億円、資本が20億円になりますから、ROEは18%になります。さらに19億円借りて、それを配当すれば、資本が1億円になりますから、ROEは360%になります(笑)。

実際には、銀行が19億円も貸してくれるとは思われませんが、仮に借りられたとすれば、それは素晴らしい会社でしょうか? わずか2億円の損失を出しただけで倒産してしまう会社でも?

株主と銀行・社員の利害は対立している

株主有限責任を考えると、自己資本比率を減らすということは、リスクを株主から銀行と社員に移転させる行為です。

株主資本40億円のうち、39億円を配当として回収してもしなくても、毎年の利益は全額が株主のものなのですから、万が一の時に失いかねない金額が40億円から1億円に減ることは、株主にとっては圧倒的なメリットですが、その分のデメリットは銀行が全面的に引き受けています。企業の損失可能性のうちで株主資本のクッションで吸収され得る部分が縮小するのですから。

加えて、倒産すれば社員が失業します。終身雇用だと思って安心していた社員が、いきなり失業するのです。新しい仕事を見つけるのは大変でしょう。しかも、年功序列賃金制の企業で今後の高い給料を期待していた社員にとっては、その分は絶対に期待できないでしょう。

つまり、自己資本を減らすことで、株主の得る利益と銀行の被る不利益は同じで、加えて社員が不利益を被るわけですから、株主と銀行と社員の利益の合計は減るわけです。「株主は高いROEを求めているのだから、自己資本比率を下げるべきだ」などと軽々に言うべきではありません。

社会的なコストも大

企業が倒産すると、企業が使っていた設備機械がスクラップ業者に二束三文で引き取られたりします。まだ使える機械なのに、もったいないです。それから、企業が長年かけて獲得してきた様々なノウハウや顧客リストも散逸してしまいます。これももったいないです。

ちなみに、普通の企業の株価は一株あたり純資産額よりも高いのが普通ですが、これは一面ではノウハウ等の目に見えない価値を体現したものと言われています。別の見方をすれば、企業が設立してからしばらくは、「創業赤字」になるのが普通ですが、その間は費用をかけてノウハウや顧客リストを獲得しているから赤字なのだ、というわけです。それが倒産で消えてしまうわけです。

誰かの損が誰かの儲けになるなら特に問題ありませんが、誰の儲けにもならないのであれば、それは「社会的損失」でしょう。社員が失業して、労働力が有効に活用されないことも社会的損失です。倒産の確率が高まるような「自己資本比率の引き下げ」は安易に行うべきではありません。

「現金の持ちすぎ」への批判とは別物