「イスラム金融」の中心地へ、ポテンシャルを秘めるマレーシア

アジアの着実な成長と資産のアジアシフト(4)マレーシア

アジア地域内各国の成長見通しを国別に見ていく第3回目は、イスラム教徒(ムスリム)の割合が人口の6割を占めるマレーシアを取り上げます。

通貨安に苦しんだ2016年

マレーシアにとって、2016年は大変厳しい年になりました。マレーシアの通貨リンギットは2014年9月末比で、対米ドルでは45%近く、大幅に下落しました。

このリンギット安圧力の中、マレーシア中銀は通貨防衛のために政策金利を据え置き続けました。しかし、通貨リンギットが弱く、大幅に下落したことでデフレ圧力が強まり、経済の停滞感が拡がりました。2016年7月になって、ようやくマレーシア中銀は景気下支えを目的に利下げを実施しましたが、他国に比べると周回遅れの政策発動と言わざるを得ません。

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こうした苦境の要因の1つは、世界的な原油価格下落により大きな影響を受けたことです。産油国でもあるマレーシアの経済は、原油価格の影響を大きく受けます。昨年11月の石油輸出国機構(OPEC)総会でようやく減産が決まったことで、原油価格は下げ止まり一息つきました。しかし、シェールオイルなど代替燃料がシェアを拡大する懸念もあり、原油やパームオイルの見通しは明るくないとの観測がくすぶります。

第2の要因は、国営投資会社「1MDB」をめぐる不正資金疑惑が政治的な混乱を招いていることです。ナジブ首相の退陣を求める大規模デモに見られるように、政治的な対立は根深く、政権運営の先行き不安はリンギット安につながっています。

第3の要因として挙げられるのは、今年前半にかけてトランプ米大統領が掲げる積極財政政策が米金利を上昇させ、米ドル高につながるとの観測が広がったことです。米国への資金集中が進むとの見方から、リンギットへの売り圧力が高まりました。リンギット安・米ドル高は対外債務を膨張させることから、マレーシア経済の足を引っ張る側面があり、マレーシア経済への影響が懸念されました。

最悪期を脱し、GDP成長率は上振れの可能性も

ただ、2016年の最悪期は脱しつつある兆候が見られます。マレーシア政府の見通しも2017 年の実質GDP 成長率を4.0~5.0%としています。2016年通年の成長率は実績値で前年比4.2%増でしたので、それよりは上ぶれする可能性も出てきました。

上述の通り、資源輸出国であるマレーシア経済は原油価格の水準次第という側面が色濃いものの、原油価格がひと頃より落ち着いて推移していることがプラスに働くでしょう。コモディティ価格の上昇は、インフレ率の上昇を通じて民間消費の足かせとはなりますが、資源関連産業の企業収益の改善は民間の設備投資拡大や雇用・所得の改善につながります。また、政府の資源関連税・法人税の収入増加は、財政政策の発動余地を大きくするため、政府の財政支出の上積みが期待できるでしょう。

加えて、インフレが落ち着いて推移していることで卸・小売りなどサービス業は堅調さを維持し、5.7%程度の成長が予測されています。長期的には財政赤字のGDP 比は緩やかな低下基調が見込まれていますが、まだまだ鉄道整備や東マレーシアの高速道路、ジョホール州の総合石油化学コンプレックス(RAPID)建設など大型インフラ整備が継続していることから、建設業なども堅調に推移することが期待されます。

「イスラム金融」の中心地としてのポテンシャル

さらに、長期で見ると注目されるのが、マレーシアの「イスラム金融」センター構想ではないでしょうか。イスラム教徒は全世界に人口16億人、2030年には22億人に達すると言われています。

しかし、イスラム教徒(ムスリム)の金融行動は、生活や慣習と同様にコーランに記されている様々な「教え」に沿わなければならず、イスラム教の教えに反した活動はできません。そのため、我々が普通だと考えている金融取引が制約を受けることもあるのです。

代表的な例が「利子」の禁止です。コーランには「利子」を受け取ることを禁じた規定があり、銀行ですら利子を受け取ることができません。これは、我々が慣れ親しんでいる金融のビジネスモデルが成立しないことを意味します。したがって、金融機関は利子とは異なるスキームで利益を得られるようにしないと、業務を展開することができません。

この点、イスラム教徒の割合が多く、イスラムを国教とするマレーシアでは、金融機関はこれに対応して業務を構築してきました。つまり、イスラム金融ではマレーシアは「一日の長」があるのです。

イスラム金融は、2012年末で既に1兆6000億ドル(約160兆円)程度の規模に達しています。今後も毎年10~20%の割合で市場規模が増え続けると予想されています。マレーシアはそのアドバンテージを活かし、「イスラム金融」の中心地たらんと着々と準備を進めているのです。

この構想は非常に独自性の高いポジショニングといえ、アジアの金融センターである香港やシンガポールの牙城を脅かすものとなるかもしれません。そうなると、アジアではやや評価の低い印象のあるマレーシアが大きく変貌を遂げる可能性はあるのです。個人的には、この動きにはとても注目しています。

Nippon Wealth Limited 長谷川 建一

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長谷川 建一
  • 長谷川 建一
  • ニッポン・ウェルス・リミテッド・リストリクティド・ライセンス・バンク
  • 取締役兼CIO (Chief Investment Officer)

京都大学卒、MBA(神戸大学)。 シティバンクグループ日本及びニューヨーク本店にて資金証券部門の要職を歴任後、2000年にシティバンク日本のリテール部門で商品開発や市場営業部門のヘッドに就任。2002年にシティグループ・プライベートバンクのマーケティング部門ヘッドに就任。
2004年末、東京三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)に移り、リテール部門マーケティング責任者として活躍。2009年からは国際部門でアジア・リテール戦略を担い、2010年は香港にてBTMUウエルスマネージメント事業の立ち上げに従事。
2013年よりNippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(ニッポン・ウェルス・リミテッド・リストリクティド・ライセンス・バンク)にてCOOに就き、2017年3月よりCIOを務める。