多種多様なクルマが世の中に溢れているのはなぜ?

ココロ動かすものだけは大切にしたい〜クルマと遊ぼう(7)

筆者撮影

モノ集めは「三つ子の魂百まで」

子供のころから「モノ」を集めるのが好きだった。まあ、子供は比較的素直に本能のまま行動するから、特にめずらしいことではなかったのかもしれない。ミニカーしかり、塩ビの怪獣人形、プロ野球カード、仮面ライダーカード…。

ただ、今思えば、他の子たちと明らかに違う点があった。自分がかなりの数を集めていることを友達に知られることが嫌だった。

普通ならばカードをアルバムに入れて、友達と見せ合いっこをして、自分が持っている希少性の高いカードを友達がうらやましがることで優越感と満足感に浸っているのだろうが、自分はなぜだかそうした「公共の場所」に、大切なコレクションを持っていくことを極端に嫌った記憶は残っている。なぜそうだったのか、今となっては思い出せないけれど…。

続きを読む

その名残りだろうか、世間でいう「コレクター」ほど傾倒してはいないのだが、明らかに本来必要と思われる数以上に多く持ってしまっているものがある。

まずクロノグラフの腕時計。両腕にするわけでもないのに、気がつけば10本以上集めてしまっている。しかもそのほとんどは、同じようなデザイン&機能の自動巻きのクロノグラフタイプ。しかし、時々思い出しては腕に巻く時計を変えてはみるものの、結局レギュラーメンバーとして重宝されているのは、自動巻きとは対極のカシオのG-Shock。

次はウィングチップの靴。そもそも古典的なウィングチップのデザインが大好きなのだが、探してみるといろんなカラーのウィングチップが世の中にあることに気付いた。ワインレッド、オレンジ、キャメル、深い紫、オリーブグリーン、コーヒーブラウン、などなど。

足は2本しかないのに、下駄箱にはお花畑のように色々なウィングチップが並んでいる。けれどもスーツは滅多に着ない職場環境なので、会社に行くときはもっぱらスニーカーかクラークスのワラビーブーツ。

そして、クルマ。家族3人に対して4台。鉄道やバスの便が悪い地域ではないので、仮にクルマがなかったとしても生活に何ら支障はない。最寄りの東急東横線大倉山駅までは徒歩10分ほどであるから、仮にタクシーを使ってもワンメーターで済んでしまう。現に平日クルマを使うのは私のみである。

つまり、ココロが動くままに、欲しいなぁと思ったものを手に入れていたら4台になってしまったのだ。これがもし、手に入れたそれぞれのクルマを必要とする妥当性を考えたとしたら、そもそもクルマそのものを所有する理由すら説明がつかなくなってしまうかもしれない。

税金や保険、ガソリン代などにかかる、いわゆる維持費の総額など計算したこともないが、クルマに興味のない人たちからすれば、おそらくとんでもない金額の浪費家として、非難と軽蔑の眼差しを受けるのだろうと思う。

わが身は一つしかないし、家族そろって出かけることがほとんどなので、実質1台あれば十分なのも事実。また、1台だけ稼働率が高いのも事実。それでも台数を減らせないのは、子供の頃から本質が変わっていないからなのだろう。

クルマを買う「理性のニーズ」と「感性のニーズ」

人は誰しも「モノを買う」ことは好きなのだと思う。そして、楽しくお買い物をしたいと望んでいるのだと思う。もちろん、すべての購買行動が常に楽しくウキウキしながら行われることはない。

たとえば、薬屋さんで風邪薬を買うときなどは、自身の症状改善に最も効きそうなものを探して、裏書の効能を真剣に読み込んだりする。まさに効き目のある薬を手に入れたいという合理的なニーズに対して、慎重に理性的に薬を選んでいる。今ではほとんど手にすることがなくなってしまったが、書店で辞書を選ぶときなどもこうした理性のニーズで購買行動をしている。

クルマはどうだろうか。衝突安全性や低燃費などの経済性、ラゲッジスペースの積載能力などは、理性的に新車を選ぶ際の大切なポイントとして、どのクルマのカタログにもこうした「理性のニーズ」を満たす商品説明が詳細に記載されている。

一方、多彩なボディカラーや象徴的なフロントグリルのデザイン、乗員を優しく包み込むような優雅なインテリア、操作性に優れた高機能なオーディオ&ビジュアルシステム…。いわゆる、「カッコいい!」「素敵♪」「お洒落~♫」と感じさせるようなイメージフォトを眺めるのも、クルマのカタログのページをめくる楽しみになっている。 いわゆる「感性のニーズ」を満たす商品紹介である。

もし、クルマがこうした「感性のニーズ」を無視して、経済性・安全性・機能性の向上だけに特化した、移動のための単なる機械工業製品だったとしたら、これほどまでに多種多様なクルマたちがマーケットに溢れることはなかったし、自動車産業もここまで巨大化することはなかっただろう。

人間の「感性」に強く訴える魅力があるからこそ、私はすっかりヤラれてしまい、無機質な機械工業製品に感情移入して「愛機」とまで言わしめ、「愛情を注ぎながら」毎週末の磨きとメンテナンスに自由な時間の大半を費やすことに喜びと満足を感じているのである。

「壊れない」「安全」「燃費がいい」「税金が安い」・・・もちろんクルマ選びの大切なポイントではあり、マスユーザー層に受け入れられるための必須条件であろう。しかしながら、なぜか私はこうした「理性のニーズ」に応えるものよりは、私自身の「感性」に刺さり、ココロ動かされるクルマたちとの時間を大切にしていきたいと思ってしまうのだ。

鈴木 琢也

ニュースレター

PR

鈴木 琢也

約30年にわたり一貫して人事のビジネスキャリアを持ち、輸入車ディーラー、電子部品、マーケティングリサーチ、食料品メーカー、国際航空貨物等、多岐にわたる業界を経験。加えて、ヤナセにてセールスマンの教育担当、J.D.Powerにてクライアントの顧客満足度向上支援のためのコンサルティング部門を立ち上げ高い評価を得る。
現在は ITW(Illinois Tool Works)の自動車部品製造における日本法人、ITW Automotive Japanにて人事責任者を担当。
プライベートでは根っからのクルマ好き。特に輸入車の所有歴はフェラーリ、ポルシェ、BMW、キャデラック、フィアット、マセラティ等々、延べで100台近くを乗り継いで現在に至る。人生最後に乗りたいクルマはデトマソ・パンテーラという、いわゆるスーパーカー世代。