投信1編集による本記事の注目点

  • 東芝メモリの売却は、東芝と米ウエスタンデジタル(WD)の対立が先鋭化しているために難航しています。
  • サムスン電子の市場シェアは15年の約31%から16年には35%強と4ポイント上昇している一方、東芝やWDは前年とほぼ同水準にとどまっており、それぞれ19%強、15%強となっています。
  • 着実にシェアを伸ばすサムスン電子に対し、東芝やWDは技術的にもコスト的にも負け戦を強いられています。

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東芝メモリの売却先を巡り、東芝とNAND製造拠点の四日市工場を共同運営している米ウエスタンデジタル(WD)の対立が先鋭化している。両社は法廷闘争までもつれ込んでおり、東芝がWDに対して7月18日(現地時間)から情報遮断を全面的に再開し、この先どういう着地点を探るのか皆目見当がつかなくなってきた。

東芝メモリは親会社の不手際で身売りを余儀なくされており、東芝本体の思惑では2018年3月末までにメモリー事業の売却を完了して、6000億円近くに上る債務超過を解消したい意向だが、WDの法廷闘争に翻弄されている。

WDは東芝が進める一連のメモリー子会社の株式売却手続きに対して、17年5月中旬、国際商工会議所(ICC)国際仲裁裁判所に中止を求めて仲裁手続きを申し立てた。しかし仲裁の判決が出るまでには1年以上の長期戦になることが多いため、6月14日(現地時間)には米カリフォルニア州の上級裁判所に、仲裁判断が出るまでの暫定的な事業売却の中止を求めて法的手段(予備的差止請求訴訟)に訴えていた。

その予備的差止請求訴訟の初審問があった7月14日、当初は何らかの判断が下されるのではないかとの憶測も流れたが、結果的には次回の審問が行われる7月28日まで裁判所判断は持ち越されている状況だ。東芝は、実質的にメモリー事業の売却手続きを妨げるものではないとして、最終契約を締結させるために関係者らと交渉を継続していくとの声明を発表している。

東芝メモリの売却は無事終了するのか(写真は東芝の綱川社長)

両社が事業展開しているNAND型フラッシュメモリーは今、スマートフォン(スマホ)やハイエンドサーバー向けのストレージであるソリッド・ストレージ・デバイス(SSD)として引っ張りだこになっており、競合他社メーカーも増産に次ぐ増産を繰り返しているものの、それでも需要に供給が追い付かない状態が続く。本来なら喧嘩などしている場合ではないのだが……。

3Dの投資で競り負ける可能性も

こうした東芝とWDとの関係を見透かすように、ライバルたちは大きな投資に乗り出している。

NAND市場で最大のライバルであるサムスン電子は、17年に過去最高の2兆円超を半導体事業に投入する。特に韓国・平澤(ピョンテク)で今年6月から立ち上げたNANDの旗艦工場を軸に大攻勢をかける。同工場には1.6兆円を投じるという。

すでに同工場からは64層3D-NANDの本格的な出荷が開始されており、7月には同工場の2期投資に着手、さらに1.4兆円の追加投資を決定した。21年までには総額3兆円の投資を行うというもので、現在は月20万枚の生産能力を誇るが、それを倍増の同40万枚へと引き上げるという。

加えて、中国・西安工場でも3Dの追加投資を検討するなど着々と供給能力の拡大に手を打っている。この圧倒的な物量で現在のトップシェアをさらに拡大する戦略だ。

平澤工場の稼働は当初、17年下期に予定していたが、足元の市況を勘案して6月末に前倒しした。また、18年の増設が予想されていた西安第2ラインの着工も半年程度早める。こうした決断を適宜行い、積極果敢な投資を展開することでサムスンはメモリー覇者の立場を築いてきた。

SKハイニックスも本社工場の利川M14ラインの2階部分で3Dラインを整備中で、17年7~9月に装置搬入を開始するほか、将来的には清洲に3D新工場「M15ライン」も建設する計画だ。遅くとも17年8月には建設に着手、19年6月の稼働を目指す。

インテルとマイクロン連合も投資拡大に打って出る。インテルは17年の設備投資120億ドルのうち25億ドルをメモリー分野に投じる考えで、中国・大連「Fab68」での64層立ち上げなどに充当していく。マイクロンはシンガポールの3D新工場「Fab10X」で32層品の量産を展開、17年度後半をめどに64層品のアウトプット拡大を目指す。

早晩、力を発揮してくるのが中国勢だ。XMCを母体とする長江ストレージは、米スパンション(現・サイプレスセミコンダクタ)の技術供与を受け、3D-NANDの開発を進めているといわれているが、すでに32層品のコピー製品を作ることもできるくらい技術開発力を高めてきている。先端企業が取り組んでいる96層品まではまだ開きはあるものの、技術力でキャッチアップしてくることは間違いない。32層品を17年末~18年に量産化する計画も浮上しているが、3Dの低コスト版で勝負をかけてくることは十分予想される。

東芝とWDも投資をやっていないわけではない。先ごろ、四日市工場(三重県四日市市)の最新製造棟(第6製造棟)内に製造設備を本格導入するとともに、同製造棟の第2期の建設工事にも着手する。関連投資は約1800億円に上ると明らかにしている。

東芝とWDが共同運営する四日市工場

新棟内では96層の3Dフラッシュ固有の量産用装置として、最新の成膜装置ならびにエッチング装置などを導入する。新たな建屋建設は、17年9月に着工し、18年末の完成を目指す。具体的な生産能力、生産計画などについては市場動向を踏まえ順次決定するとしているが、喧嘩状態のままでどうやって、迅速で正しい投資判断が行えるというのだろうか。

次々世代メモリーの量産も本格検討か

インテル主導で開発した3D-XPointは、NAND並みの大容量化が容易で、アクセススピードが速いので、一部DRAMを代替するストレージ・クラス・メモリー(SCM)の側面を持つ。ポストDRAMやNANDの次々世代メモリーをにらんだものだ。

インテルは、中国・遼寧省大連市で稼働している3D-NAND工場の隣接地でファブ2の整地工事を進めている。ファブ1が早晩、月産能力の6万枚に達するのを見越し、18年後半~19年前半に製造装置を搬入するとみられる。

18年にファブ1で96層品の3D量産を計画しており、次の段階で3D-XPointメモリーを生産する可能性が指摘されているが、それにファブ2が利用されると考えられる。

現状の3D投資を継続しながら、ポスト3Dをにらんだ本格投資まで始まろうとしているこの時期に、東芝やWDに時間を浪費している暇はない。

サムスン電子の背中は次第に遠くへ

しかし、残念だが、現在両社から矛を収める気はなさそうだし、建設的な意見が出てくる気配もない。完全な戦闘モードに入った状態だ。ただ時間だけが刻一刻と過ぎていく。

ハイテク産業の有力調査企業であるIHSのデータによれば、16年のNAND世界市場は、前年比16%増の371億ドルにまで拡大した。前述のとおり、高性能サーバー向けのSSDやスマホ用メーンメモリーとして高成長を謳歌した。こうしたなか、最大のシェアを持つサムスン電子の増収率が前年比33%増と突出している。一方、東芝やWD(旧サンディスク)の増収率はそれぞれ16%増にとどまっており、業界平均並みだ。

この結果、サムスン電子は15年の市場シェア約31%から16年には35%強となり、4ポイントもシェア拡大に成功している。一方の東芝やWDは、前年とほぼ同水準にとどまっており、それぞれ19%強、15%強となっている。15年時点では東芝・旧サンディスク連合でサムスン電子のシェアを上回っていたが、16年ではわずかだが、逆転を許してしまっているのだ。

一般的に、市場が拡大するなかでは、トップメーカーがシェアを落とし、下位メーカーがシェアを上げるという構図が代表的だが、NAND業界ではそれが通じない。

一度は祝賀パーティーを開いた仲なのに……


これは何を意味しているのか。サムスン電子に、東芝やWDは技術的にもコスト的にも負け戦を強いられているということだ。このまま仲違いしたままでは、投資競争でも技術開発競争でもさらに差がつくことは明らかだ。すでにサムスン電子に後れを取っているという状況を忘れてはいけない。

どうしても譲ることのできない一線があるというのなら致し方がないのかもしれないが、現状を見れば一瞬たりとも時間を無駄にはできない状況だ。東芝もWDも互いに一歩でも、半歩でも歩み寄ることが大事だ。このままでは共倒れに終わり、ライバル企業たちを利するだけの結末を迎えるだろう。

電子デバイス産業新聞 副編集長 野村和広

投信1編集部からのコメント

本記事は世界のメモリメーカーの現状がよく理解できる内容となっています。サムスン電子やSKハイニックスといった既存の大手競合だけではなく、インテル・マイクロン連合の次世代メモリの取り組みや中国メモリ勢のキャッチアップ事例など、いずれも東芝のメモリ事業の将来にとってはリスクとなるものばかりです。早期決着で資金調達力をつけ、次の方向を見出せなければ、東芝のメモリ事業自体の競争優位性はさらに劣後していくと思われます。 

電子デバイス産業新聞×投信1編集部

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