なぜ、マスコミはS&P500株価指数よりNYダウの値動きを報じるのか

経済ニュースの裏を読む〜世の中は正しいことが良いとは限らない

Pavel Ignatov / Shutterstock.com

8月5日の日経電子版は、雇用統計が良い結果だったので、NYダウが続伸した、というニュースを流しています。今回は、NYダウって何? どうしてNYダウが注目されるの? ということを考えてみましょう。

NYダウは、30銘柄の単純平均

NYダウは、ダウ・ジョーンズ社(Wall Street Journalなどを発行しており、日本で言えば日本経済新聞社のイメージ)が発表している株価指数で、米国版日経平均株価指数のイメージです。もちろん、実際は逆で、日経平均株価が昔は「日経ダウ」と呼ばれていたことからわかるように、日経平均がNYダウを真似ているのですが(笑)。

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日経平均は、日本経済を代表する225銘柄の平均を指数化したものですが、NYダウは米国経済を代表する30銘柄の平均を指数化したものです。戦前から連続している指数ですが、企業の栄枯盛衰を映じて、30銘柄は、時々入れ替わりますので、その時々の代表的な銘柄が常に入っていると考えて良いでしょう。

30銘柄の株価を単純に平均したものですが、株式分割で株価が下落した場合などは、調整されます。たとえば全部の銘柄が、1株を2株に分割された場合、株価は半額になります。株主にとっては、昨日の半額の株式を2倍保有することになるので、何の損もありません。

このとき、NYダウが半分に下がってしまうと、NYダウを見た人が「株主は大損したのだろう」と誤解してしまいかねません。したがって、株式分割があった場合、「今後は単純平均の2倍をNYダウとして発表する」という扱いをするわけです。

わずか30銘柄の、しかも単純平均であることの問題も

「米国株の動向は?」と聞かれると、「NYダウは66ドル高でした」という具合に答えるのが普通です。つまり、NYダウが米国株全体の動きを表すと考えられているわけです。しかし、これは正確ではありません。

まず、何千銘柄もある米国株式市場全体の動きを、代表的な銘柄とは言え、わずか30銘柄で捉えようというのは乱暴です。30社のうちの1社が、大ヒット商品を出したり、逆に大きな事故を起こしたりすれば、NYダウは大きく影響されてしまいますから。

今ひとつの問題は、単純平均であるため、株価の高い銘柄の値動きに大きく影響されてしまうことです。

A社とB社は同規模で、A社は発行済株式数が1億株で株価が1000ドル、B社は発行済株式数が10億株で株価が100ドルだとします。A社の株が10%上がり、B社の株が10%下がったとしても、米国株全体としては、プラスマイナスゼロなのですが、NYダウは上がってしまうので、NYダウを見ている人は「米国株は好調だった」と誤解してしまうわけです。

S&P500ならば、銘柄数も多く、加重平均なので安心

NYダウと並ぶ代表的な株価指数に、S&P500株価指数があります。これはS&P社(大手格付機関)が発表しているもので、米国を代表する500銘柄について、時価総額加重平均指数を計算しているものです。日本のTOPIX(東証株価指数)と似ています。

銘柄数が多いですし、単純平均ではないので、大きな企業の値動きがしっかり反映されますから、市場全体の値動きを、NYダウより遥かに正直に反映します。

おそらく、NYダウが公表され始めた頃は、計算機が発達しておらず、手作業だったので、計算量が多くなるS&P500株価指数的なものは無理だったのでしょう。その後、計算機の発達でS&Pの株価指数が公表可能になった、ということだと思われます。

S&P500株価指数とNYダウを比べれば、あるいはTOPIXと日経平均を比べれば、前者が優れている事は間違いないでしょう。それなのに、なぜ後者が記事になるのでしょうか。

皆がNYダウを覚えているので、NYダウがニュースになる

S&Pの株価指数が発表された時、マスコミはどちらを報道するか迷ったはずです。しかし、皆が使い慣れているから、という理由でNYダウが採用されたのでしょう。人々は皆、「昨日のNYダウはどうだったか」を話題にしているので、「人々の話題についていくためにはS&Pの株価指数よりもNYダウを知りたい」と思っている人が多いはずだからです。

新入社員はS&Pの株価指数を見たいと思ったかも知れませんが、先輩も上司も取引先も「昨日のNYダウはどうだったか」という会話で盛り上がっているので、自分だけS&Pの株価指数の話をしても、相手にされないからです。

こうして、今でもマスコミはNYダウの情報をニュースで流していますし、一般人はNYダウの話ばかりしているのです。

もっとも、プロの投資家たちの間ではS&P500株価指数の話をしています。「お客様からお預かりした財産は、私が運用した結果、10%増えました。その間、S&P500株価指数は5%しか上がりませんでしたから、私の運用が上手だったと褒めていただけると思います。その間、NYダウは15%上がりましたが、それとは比較しないでくださいね」といった具合にです。プロ同士の会話は、「正しいこと」が優先されるのです。

英語が世界共通語なのも、同様の理由

国際会議は英語で行われます。それは、英語が優れた言語だから、ではありません。世界中で多くの人が英語が話せるからです。「かつて大英帝国が世界を支配していた頃から、そうだったので、今でも皆が英語を勉強している」という理由からです。

世の中は、正しいことが良いとは限りません。便利なものが使われるとは限りません。皆に受け入れられることも重要なのです。しかし、そのせいで、人々が未来永劫不便な思いをするとすれば、残念ですが。

まあ、これも広い意味では「民主主義のコスト」なのかも知れません。独裁者が登場して「明日からQWERTY配列のタイプライターとNYダウの利用を禁じる」と命令されるのも、嬉しくはありませんから(笑)。

P.S.
改めて当該記事を見ると、長期金利が0.07%上がっただけで銀行株が急騰したことも不思議ですが、銀行株2銘柄の上昇がNYダウ上昇幅66ドルのうち47ドルを占めています。長期金利のわずかな上昇だけが当日のNYダウの値動きをほとんど説明してしまうって、不思議ですね。

まあ、当日は雇用統計が市場参加者の予想と大きく異なったわけでもなく、平均株価を大きく左右するような出来事がなかったので、個別銘柄毎の事情で個別銘柄がそれぞれに動き、結果として平均株価が小幅に上昇した、ということなのだと理解しておきましょう。

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編集部注:初出時の記載に誤りがあるとの指摘があった箇所について改訂しました(2017年8月8日)。

久留米大学商学部教授 塚崎 公義

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塚崎 公義


1981年 東京大学法学部卒業、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行
おもに経済調査関連業務に従事した後、2005年に退職し、久留米大学へ
(近著)
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(雑誌寄稿等)
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