米国ではハリケーン被害救済法案が8日に成立しました。挙国一致ではありますが、トランプ大統領は共和党案を却下し民主党案を採用するというサプライズが発生しています。なぜこのようなどんでん返しが起きたのか、その舞台裏を探ってみたいと思います。

民主党に鞍替え? 共和党内に大きな衝撃

トランプ大統領は8日、ハリケーン被害救済法案に署名し、政府閉鎖やデフォルトのリスクは先送りとなりました。

災害により、超党派による挙国一致で成立してもおかしくありませんでしたが、実際のところはトランプ大統領が身内である共和党を切り捨て、民主党と手を結ぶことになりました。

簡単に経過を振り返ると、ハリケーン被害救済法案はまず6日に下院で債務上限と関連付けずに419対3で可決しました。しかし、上院は翌7日、債務上限の適用停止とセットにした法案を80対17で可決し、下院に送付。下院は8日、上院から送付された債務上限引き上げを盛り込んだ法案を316対90で可決しています。

8日の下院で反対に回ったのはフリーダム・コーカスを中心とした共和党議員ですので、上院を通過後に共和党の一部から反対が出たことが分かります。

ポイントは、トランプ大統領が上院で選択したのは民主党案であり、共和党は袖にされる格好となったことです。共和党のマコネル上院院内総務は「トランプ大統領と民主党の間での合意を支持する」と皮肉とも受け取れる発言をしています。

トランプ大統領は本人自ら“交渉の達人”と称していますので、面目躍如といったところかもしれません。とはいえ、共和党案はムニューシン財務長官も支持しており、トランプ大統領の民主党への歩み寄りは共和党内に大きな衝撃を与えた模様です。

民主党案受け入れは趣旨返し?

トランプ大統領が民主党案を採用した背景としていくつかの伏線が考えられます。

まず、共和党のマコネル上院院内総務との冷え切った関係があります。マコネル氏は共和党が上下院で多数となれば、オバマケアを廃止すると宣言していましたが、実現していません。

一方のトランプ大統領は、7年以上も前から廃止を訴えているオバマケアをすぐに廃止できないことに繰り返し不満を述べています。7月にあと一歩のところで上院で否決されたこともあり、上院を指導する立場にあるマコネル氏への不信感を強めています。

また、フリーダム・コーカスの存在も挙げられます。フリーダム・コーカスは共和党内の保守強硬派で3月にオバマケアの代替案を撤回に追い込んで以来、共和党でありながらもトランプ政権の“天敵”となっています。

さらに、トランプ大統領は8月下旬、退役軍人関連の法案に債務上限の引き上げ措置を盛り込むよう共和党に求めましたが、マコネル氏と共和党のライアン下院議長はこの提案を拒否しています。今回の共和党案却下は、自分の支持に従わなかった共和党指導部への趣旨返しとも言えそうです。

トンプ大統領はフリーダム・コーカスへの不満を背景に、以前から民主党との協力をほのめかしていましたが、マコネル上院院内総務への不信感や共和党指導部との確執が民主党への歩み寄りを促した可能性がありそうです。

共和党は債務上限問題で絶好の機会を逃す

今回の救済法案では債務上限の適用を12月8日まで3カ月間停止するとしています。ただしこれは民主党案であり、共和党は来年11月の中間選挙を見据えて18カ月間の停止を提案していました。

また、トランプ政権の目玉である税制改革は年内が法案成立のタイムリミットとされていますので、共和党側には6カ月間停止で妥協する用意もあった模様です。一方、民主党が3カ月停止を提案したのは税制改革のタイムリミットと債務上限引き上げ期限が交差することを見越してのことです。

共和党指導部はできれば18カ月、最低でも6カ月の債務上限適用停止を望んでいましたが、トランプ大統領はこの提案をあっさりと拒否し、3カ月という民主党案への支持を表明しました。

共和党は債務上限問題をクリアにする絶好の機会を逃したと言えます。

債務上限を撤廃へ、ゲッパート・ルールの復活も視野か

トランプ大統領と民主党は債務上限の撤廃でも意気投合しています。

共和党も民主党も財政中立を目指す方向性は同じですが、方法が異なります。ざっくりと言うと、共和党は減税と歳出削減を、民主党は歳出拡大と増税をセットにして財政のバランスを取ることになります。

大きな政府を目指している民主党にとっては債務上限はじゃまでしかありませんが、小さな政府を目指す共和党には歳出に歯止めをかける重要な役割を担っています。

ところで、トランプ大統領は民主党が要求している債務上限の撤廃を支持しています。

共和党はこれまで、債務上限の引き上げを政争に利用して民主党政権から譲歩を引き出してきましたが、政権が代わってもフリーダム・コーカスがトランプ政権からの譲歩を引き出そうとしていることが問題となっています。

そこで、債務上限の完全撤廃は無理だとしても、事実上の撤廃を意味するゲッパート・ルールの復活がペンス副大統領を中心に模索されているようです。

ゲッパート・ルールとは予算案が通過した時点でそれに見合う債務上限が自動的に引き上げられるというものです。1979年に成立し、2011年に廃止されています。

民主党との蜜月は続かず? 同床異夢は明らか

ハリケーン被害救済法案では、トランプ大統領と共和党との確執を背景に民主党が漁夫の利を得る結果となりました。

とはいえ、トランプ大統領と民主党が同調できるのは債務上限の撤廃などごく限定された分野となりますので、有事が一段落すれば、意見対立が表面化してくることでしょう。

トランプ政権の最終的な拠り所は共和党となりますので、これまでの経緯を水に流せるのかどうか、遺恨を残すようですと今後の政策にも影響があるかもしれません。

LIMO編集部