投信1編集部による本記事の注目点

  • AppleのiPhone X発売により、さらに盛り上がりそうな有機ELディスプレー需要。当然のことながら、これに不可欠な有機EL発光材料市場にも今後大きな成長が期待されています。
  • 有機EL発光材料では、蛍光材料を第1世代、燐光材料を第2世代と呼びます。蛍光材料は流した電力の25%しか光に変換できませんが、材料の寿命が長く、RGB(赤緑青)の3原色が揃っています。一方、燐光材料は理論上、電力を100%光に変換できるものの、素材にレアメタルを用いるため高価で、青色材料がまだ実用化されていません。
  • 有機ELの次世代技術といわれるQLEDディスプレーの開発も熱を帯びてきており、材料技術のさらなる進化への期待感はかつてないほどに高まっています。

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AppleのiPhone X発売により、さらに盛り上がりそうな有機ELディスプレー需要。当然のことながら、これに不可欠な有機EL発光材料市場にも今後大きな成長が期待されている。周知のとおり、iPhoneにも搭載される有機ELディスプレーは現在、すべて発光材料を真空蒸着プロセスで成膜して製造されている。言い換えれば、真空蒸着プロセスで成膜できる発光材料しか、現状ではディスプレーに採用できないともいえる。

有機EL発光材料では、蛍光材料を第1世代、燐光材料を第2世代と呼ぶ。一般的に、蛍光材料は流した電力の25%しか光に変換できないが、材料の寿命が長く、RGB(赤緑青)の3原色が揃っている。燐光材料は理論上、電力を100%光に変換できるが、素材にレアメタルを用いるため高価で、青色材料がまだ実用化されていない。現在量産されている有機ELディスプレーには、赤と緑に燐光材料、青に蛍光材料を使用するのが一般的だ。

だが、近い将来、溶液状の発光材料を印刷で成膜するインクジェットプロセスの実用化が期待されており、これに向けた新材料の開発が急ピッチで進んでいる。有機ELの次世代技術といわれるQLEDディスプレーの開発も熱を帯びてきており、材料技術のさらなる進化への期待感はかつてないほどに高まっている。有機EL材料に関する直近のトピックスをまとめた。

UDC、供給能力を倍増

有機EL発光材料で世界最大の売り上げを誇るのが、燐光発光材料の最大手である米Universal Display Corporation(UDC)だ。Samsung Display(SDC)やLG Display(LGD)など世界中のディスプレーメーカーと供給契約を結んでおり、自社は研究開発に専念し、量産は米PPG Industriesと独占製造契約を結んで生産を委託している。2016年の売上高は約2億ドル。大手調査会社IHS Markitによると、有機ELディスプレーの市場規模は16年の155億ドルから17年には236億ドルへジャンプアップし、24年には495億ドルまで拡大すると予測されており、これから考慮すると、UDCの売上高は24年に5億ドルを超えても不思議ではない。

そのUDCは、17年4~6月期に初めて四半期ベースで売上高が1億ドルを超えた。主力製品は赤と緑の燐光発光材料で、16年末から出荷を始めた新製品の供給拡大も収益増に寄与している。加えて、材料の供給契約を結んでいるディスプレー各社から得るロイヤルティー収入が非常に大きく、17年はSDCからのみで年間9000万ドル(16年実績は7500万ドル)を得る。SDCとの供給契約が17年末で切れるため、この更新がどうなるかが今後の焦点の1つだが、今後量産を拡大するLGDら他のディスプレーメーカーからの需要増に備え、17年7~9月期中にPPG Industries(オハイオ州バーバートン工場)における生産能力を2倍に拡大する予定だ。

次世代に向けては、ガスを用いたインクジェットで低分子材料を成膜するOVJP(Organic Vapor Jet Printing)技術の実用化に取り組んでいる。同技術を用いれば、ディスプレーメーカーは既存の材料を使ってメタルマスクレスの成膜が可能になる。次世代の有機ELテレビ用パネル向けに開発を進めているが、商業化はまだ数年先とみている。

Cynoraが青色TADF商業化へ

そのUDCでさえ実用化に手こずっているのが青色の発光材料だ。青いチューリップやバラの開発が難しいのと同様、発光材料でも青色の開発は非常に難しい。現状ではディスプレーに適した青色発光材料は蛍光材料にしかなく、ここは出光興産が高いシェアを誇っている。UDCは、燐光の青色発光材料について「商業生産のスペックに近づいているが、まだ発売時期を明言できる段階ではない」と述べるにとどまっている。

この青色発光材料を「17年内に商業化する」と表明しているのがドイツのCynoraだ。同社は03年に独アーヘン工科大学からのスピンアウトで設立され、有機EL材料の開発をメーンに事業を展開してきた。ローラブルやフレキシブルな有機ELディスプレーの開発を目的として、イリジウムやプラチナといった貴金属を含まない有機半導体・有機EL材料の開発を進め、銅ベースのTADF(熱活性化遅延蛍光)発光材料の研究・開発で先行し、イリジウム不使用の発光材料に向けた技術プラットフォームの開発・確立に成功したという。

ちなみに、TADFとは、蛍光材料、燐光材料に続く第3世代の材料と呼ばれる。その特徴は、理論的に電気を100%光に変換でき、素材にレアメタルを使用しないため安価であること。一方で、利用できる分子のタイプが限られており、発光波長が幅広になって色純度を高めにくいといった点も指摘されている。

実用化の難しい青色をTADFで商業化しようとしているCynoraは17年5月、デバイスレベルで外部量子効率15%(1000cd/m²)、発光ピーク波長470nm未満、寿命LT97で90時間超(700cd/m²)のTADF青色発光材料を開発したと発表した。今後は「製品開発の仕上げとして、発光ピークを460nmにすることに傾注する」と述べ、18年までに緑色発光材料、19年までに赤色発光材料を実現するとしている。 

Kyuluxの「超蛍光」が間もなく実用化

そのTADFのさらに先を行くのが、第4世代の技術「スーパーフルオレッセンス(超蛍光)」を実用化に移そうとしている九州大学発のベンチャー、Kyuluxだ。もともとTADFは九州大学の安達千波矢教授が開発した技術であり、Kyuluxは安達教授が開発してきた技術を商業化するために設立された企業である。Kyuluxの超蛍光とは、TADFを発光材料として使用するのではなく、既存の蛍光発光材料のアシストドーパントとして活用する技術だ。TADF材料を添加するだけで、すでに優れた寿命や発光波長を実現している既存の蛍光発光材料の性能を飛躍的に高めることができるのだ。

17年7月に九州大学で開催された国際学会「第2回TADFワークショップ」で、パッシブ有機ELディスプレーメーカーの台湾WiseChip Semiconductorは、17年10~12月期からKyuluxのハイパーフルオレッセンス材料を採用したパッシブ有機ELディスプレーを量産すると発表した。WiseChipの発表によると、実用化に向けてWiseChipは、黄色の単色発光パッシブディスプレーでハイパーフルオレッセンス材料を評価。既存の黄色蛍光発光材料とホスト材料にハイパーフルオレッセンスTADF材料を混ぜて成膜し、チューニングを重ねた結果、蛍光発光材料だけを用いた場合に比べ、ディスプレーのアンペアあたりの明るさ(cd/A)を2.2倍、外部量子効率を2倍にそれぞれ向上することができた。

左半分にKyuluxのハイパーフルオレッセンス技術を採用した試作パネル(右半分は蛍光材料のみ)

これに続き、WiseChipは緑色の単色発光パッシブディスプレーでも評価を開始しており、黄色と同等の成果が得られているという。17年内にまず黄色と緑色のパッシブディスプレーを商品化し、近日中に赤色、青色、白色も発売する予定だ。

QLEDも視野に

さらにKyuluxは、有機ELの次世代といわれるQLEDディスプレーの開発も視野に入れている。17年5月、カドミウムフリーの量子ドット材料メーカーである英Nanoco Technologiesと次世代ディスプレー材料の開発契約を結んだ。

QLEDとは、量子ドット材料を用いたディスプレーを指す。量子ドット材料とは、簡単に言うと、半導体の性質を持つ「金属ナノ粒子」。光を当てて励起すると、粒径によって波長の異なる発光をするため、ディスプレーの色域をさらに高めたり、省電力にできたりすると期待される新材料だ。開発の詳細は今後を待たねばならないが、Nanocoはこの提携に関して「両社の技術を組み合わせ、次世代ハイブリッド有機EL/QLEDディスプレー技術を創出する」と述べている。

材料の進化が製造プロセスを変え、ディスプレーそのものを変える。これから登場する新材料がディスプレー市場をどのように変えていくのか、それを使いこなすプロセス技術も含めて、非常に楽しみだ。

電子デバイス産業新聞 編集長 津村明宏

投信1編集部からのコメント

日本のみならず、米国やドイツなど世界中の企業において、有機ELの材料については発展的な模索が続いています。特に、アップルの有機ELディスプレーの採用により、短期的な需給の動向やどのような技術が量産に最適なのかといった検討が加速すると思われます。液晶パネルとは異なった競争が起き始めている今は、新たなプレーヤーが出てくる可能性もあり、注目していきたい分野です。

電子デバイス産業新聞×投信1編集部

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