為替の固定相場制が、便利なのに採用されない理由を考える

なぜ戦後は1ドル360円が続けられたのか

今回は、為替の固定相場制の問題点について、久留米大学の塚崎教授が解説します。

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「1ドルは100円である」と法律で決めてくれたら、便利でしょうね。昔は「1ドルは360円である」と法律で決まっていたのですから、今でもできるはずなのですが、なぜ、そうしないのでしょうか。今回は、固定相場制について考えてみましょう。後半に「大逆転」がありますので、お楽しみに(笑)。

「インフレ率格差による日本の輸出増」で貿易摩擦が発生?

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1ドルを100円(あるいは110円)と決める段階で、何円にするのか、国際的な交渉が難航を極めるでしょうが、たとえば100円に決まったとします。その時点では、日本と米国の物価水準が、100円で換算して同じだとしましょう。

日本は物価が上がらない国ですが、米国の物価は少しずつ上がって行きます。5年か10年か経過すると、米国の物価を100円で換算すると日本の物価より高くなっているはずです。

そうなると、米国人がドルを円に替えて日本で買い物をするようになります。もちろん、飛行機に乗って買い物に来るわけではなく、米国の輸入業者が日本から輸入して米国内で販売したり日本の輸出企業が米国まで売りに行ったりするわけですが。

そうなると、米国の製造業が売上が落ち、「日米貿易摩擦」が発生します。米国の大統領から「日本は不公正だ。固定相場制を廃止しろ」と言ってくるでしょう。

日本政府が為替リスクを抱え込むことに?

日本側の事情もあります。固定相場制を採用する国は、市場のドル売買の注文が均衡していない場合には、政府が取引に応じる義務を負います。「円買い注文が殺到して、円を買いたい米国人が円を買えない」といったことが起きると困るからです。そこで、米国人が日本製品を買うたびにドルを売って円を買い、日本政府は米国人からそのドルを買うことになります。

1ドル100円が続けば、今後も日本の貿易収支黒字が増えて行く可能性が高いでしょうから、日本政府としては、いっそう巨額のドルを買う必要が出てくるでしょう。未来永劫ドルを買い続けたら、巨額のドルを保有することになります。そして、そのドルを売りたくても買い手がいないのです。それは、物凄いリスクです。そんなリスクを未来永劫抱え続けるのは勘弁です。

日本政府が投機筋に負ける

米国からは固定相場制を廃止しろと言われ、国内的にも巨額のリスクは取れないから固定相場制を廃止すべきだという論者が増えて来ると、「固定相場制はいつか廃止になるだろう」と予想する人が増えてきます。

固定相場制が廃止になれば、ドルの値段は下がるでしょう。それが予想されているならば、米国の投機家たちは思い切りドルを売って円を買うでしょう。彼らは、もしも固定相場制が廃止されたら、100円で売ったドルを80円か70円で買い戻すことができるかも知れません。一方で、固定相場制が廃止されなければ、100円で売ったドルを100円で買い戻せば良いだけです。

損をする可能性がゼロで、儲かる可能性があるなら、当然、投機家たちはトライするでしょう。そうしたドル売りが増えれば増えるほど、日本政府の恐怖心は膨れ上がっていきます。「投機家が無限にドルを売りにくる。全部買っていたら、日本政府のリスクはどれだけ大きくなることか」。

上記から、「だから固定相場制は採用できないのだ」と考える人も多いでしょう。しかし、そうではないのです。ここからの「大逆転」をお楽しみ下さい(笑)。

米国債の利回りが日本国債より高いのに、日本国債が売れる理由は為替リスク

米国債の利回りは日本国債の利回りより高いのですが、日本人の多くは米国債を買わずに日本国債を買っています。それは、米国債を買うためには円をドルに替えなくてはならず、ドルが値下がりする「為替リスク」を負う必要があるからですね。「米国債の方が金利は高いけれど、為替リスクがあるから、低利回りの日本国債で我慢しよう」というわけですね。

では、固定相場制が採用されたら、日本人投資家はどう思うでしょうか。「米国債の方が日本国債よりも利回りが高い。しかも、為替リスクもない。それなら、日本国債を買わずに米国債を買おう」と思うでしょう。

そうした投資家(および投機家)からのドル買い注文が殺到するので、日本政府が保有しているドルは直ちに売り切れてしまいます。上記のように、ドルを買わされる場合には、日本円紙幣を印刷すれば良いので、理論的には無限に購入できますが、ドルを売る取引は、基本的には保有しているドルが売り切れたら終わりです。

このように、日本政府は「固定相場制を採用したら、即日保有しているドルが売り切れ、固定相場制を廃止せざるを得なくなる」ことを知っているので、固定相場制は採用できないのです。

戦後の360円固定相場制が続いたのは、資本取引が制限されていたから

戦後、長期間にわたり、1ドルは360円と決められていました。どうして固定相場制が可能だったのでしょうか。それは、米国債投資等の資本取引が厳しく制限されていたからです。今でも、「米国債投資等は原則禁止」と定めれば、固定相場制は採用可能ですが、それは劇薬すぎるでしょう。

今ひとつ、日本の金利を米国と同じにする、という手段もあります。ゼロ金利政策を放棄して、米国と同じペースで利上げを行うのです。そうすれば、米国債を買う日本人はいなくなるでしょうが、そんなことをしたら、大不況になりそうですから、現実的な選択肢ではありませんね。

なお、本稿は、拙著『経済暴論』の内容の一部をご紹介したものです。厳密性よりも理解しやすさを重視しているため、細部が事実と異なる可能性があります。ご了承ください。

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久留米大学商学部教授 塚崎 公義

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塚崎 公義


1981年 東京大学法学部卒業、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行
おもに経済調査関連業務に従事した後、2005年に退職し、久留米大学へ
(近著)
増補改訂 よくわかる日本経済入門
なんだ、そうなのか! 経済入門
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(雑誌寄稿等)
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