今回は、「正しい為替レート」について、久留米大学の塚崎教授が解説します。

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「正しい株の値段」は、ピンポイントでは無いにしても、PERやPBRや成長性などを考えれば、割安なのか概ね適正水準なのか割高なのか、何となくの見当はつくでしょう。割高なら売り、割安なら買う、という戦略が、ある程度は成り立つわけです。しかし、為替レートに関しては、そうした努力は報われないでしょう。今回は、正しい為替レートについて、考えてみましょう。

過去20年ほど、1ドルは80円から120円程度の間で推移しています。「ならば、80円でドルを買い、120円でドルを売れば良い」というのはバックミラーを見ながら運転するようなものです(笑)。もう少し理論的に考える必要があるはずです。

日米の物価が等しくなる水準が正しいはずだが・・・

1ドルが1000円なら、日本製品の方が米国製品よりも圧倒的に安くなるので、輸出が激増して、輸出業者が持ち帰ったドルを売却し、ドル安になるでしょう。したがって、1ドル1000円ならば、明らかにドルが割高なので、先回りしてドルを売っておけば儲かるわけです。

反対に、1ドルが10円ならば、明らかにドルが割安ですね。従って、「1000円ならドル売り、10円ならドル買い」といったレベルでは、正しい為替レートを求める意味はあります。しかし、そうした極端な為替レートが実現することは考えにくいですね。

80円か120円か、といった程度の幅だと、日米の物価水準が等しくなるような為替レートを求めることは困難でしょう。日米の物価水準が等しくなると言っても、自動車で比べるのか穀物で比べるのか、その平均で比べるのか。品質はどう考慮するのか。難しい問題だからです。

過去の平均より割高か否かを比べる方法もあるが・・・

過去の平均と比べて現在の為替レートが割高か否かを考えることも有益でしょう。そのための手段として有名なのが「実質実効為替レート」です。これは、名前こそ為替レートですが、「輸出困難度指数」とでも呼ぶべきものです。

具体的には、過去のある時点を100とします。10%円高になったら、指数を10%増やして110にします。日本の物価が一定で米国の物価が10%上がったら指数を10%減らします。要するに、「米国の物価が10%上がって、10%ドル安円高になれば、日本の輸出困難度は以前と同じだ」と考えるわけです。

同様の計算を、米国だけでなく、他の貿易相手国との間でも行なって、加重平均したものが実質実効為替レートです。長期間のグラフを見れば、「現在の為替レートが過去と比べて、日本にとって輸出を困難にさせるものか否か」がわかります。

実質実効為替レートは理論的なので、好きな人も多いのですが、大きな制約があります。中国や韓国が技術進歩により輸出競争力を大幅に高めたことなどが考慮されないのです。もちろん、景気動向や原油価格などによる貿易収支の変動も、考慮されません。したがって、実質実効為替レートから見て現在の為替レートは円安だから、貿易収支は黒字になるはずだ、とは言えないのです。

貿易収支を均衡させるメカニズムは働かない

仮に「正しい為替レート」が求められたとしても、そして今の為替レートが正しくないとしても、正しいレートに向けて為替レートが戻って行くとは限りません。「正しい為替レートは貿易収支を均衡させる。正しくない為替レートは、たとえばドル高過ぎれば貿易収支が黒字になり、輸出企業が持ち帰ったドルを売るのでドルが値下がりし、正しい為替レートが実現する」ということならば良いのですが、実際には、そうはならないのです。

日本の国際収支統計を見ると、貿易収支は概ね均衡している一方、経常収支は大幅な黒字となっています。それは、第一次所得収支(海外からの利子や配当などの受取)が巨額に上っているためです。この部分は、為替レートの影響を受けないので、仮に正しい為替レートで貿易収支が均衡したとしても、第一次所得収支分の外貨が売りに出されるので、正しい為替レートは持続しないのです。

その意味では、貿易収支より経常収支を均衡させる為替レートが「正しい」のかも知れません。第一次所得収支の増減で正しい為替レートが変動するのは、奇妙な感じもしますが。

経常収支を均衡させるメカニズムも働かない

しかし、さらに大きな問題は、経常収支を均衡させる力も実際には働かない、ということなのです。

短期的には、ケインズの美人投票の世界ですから、皆がドル高になると思えば皆がドル買い注文を出すので実際にドル高になる、といったことが繰り返されます。こうした動きが短期で終わるとは限りません。「日本経済は少子高齢化で先行きが暗いから、将来的にも円安だろう」と皆が思えば、長期的に「正しい為替レート」よりも円安の水準が持続することもあり得るでしょう。

よりいっそう重要なのは、投資家の動きです。投資家は、日本国債よりも米国債の金利が高いので、円をドルに替えて米国債を買おうとします。したがって、貿易収支が均衡していると、投資家のドル買いによりドルが高くなる、すなわちせっかく実現した「正しい為替レート」から「投資家のせい」で乖離してしまうのです。

こうした投資家の資金は巨額です。貿易収支や経常収支などとはケタが違う金額が高金利を求めて出て行ったり「為替リスク回避」のために戻って来たり、様々な動きをするので、為替レートはそちらの影響を主に受ける、ということになるわけです。

なお、本稿は厳密性よりも理解しやすさを重視しているため、細部が事実と異なる可能性があります。ご了承ください。

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塚崎 公義