米国抜きのTPP合意は日本の快挙だと考える理由

外交上の意義は大きい

米国抜きのTPPでは意味がない、という見方もありますが、日本にとって極めて意義深いと久留米大学の塚崎公義教授が説きます。

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TPPは、米国抜きの11か国で発効する見込みとなりました。米国抜きでは意味がない、という見方もありますが、今次合意は日本にとって極めて意義深いものであり、快挙とも言えると筆者は高く評価しています。

途上国との国際分業でも、双方にメリットあり(経済初心者向け解説)

読者が一人暮らしで、毎日1時間で料理を3皿作り、1時間で3皿を洗っているとします。隣人は、2時間で料理を2皿作り、1時間で2皿を洗っているとします。2人合計で、5時間の労働で5皿の料理を食べているわけです。

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両者が分業協定を結び、読者が2時間で6皿の料理を作り、隣人が3時間で6皿を洗うことにすれば、両者の労働時間は増えないのに食べられる料理は6皿に増えます。この増えた分をどう分配するかは交渉力次第でしょうが、読者にとっては「料理も皿洗いも自分より苦手な隣人とでも、分業すればメリットが得られる」わけです。隣人が、極めて苦手な料理から解放され、まだマシな皿洗いに集中することができるようになったからです。

先進国と途上国も同様に、国際分業をすればお互いにメリットがあります。途上国が非常に苦手な工業製品を作らずに先進国から輸入し、まだマシな農産物を先進国に輸出すれば良いのです。料理と皿洗いの交換比率は交渉で決めますが、工業製品と農産物の交換比率は、金融市場が為替レートを決めてくれるので、交渉は不要です。

自由貿易協定は、域外から需要を奪う効果も

TPPは、「お互いの関税を下げて、国際分業をしましょう」という自由貿易協定です。これにより、締結国相互に上記のような国際分業のメリットがもたらされるのですが、メリットはそれだけではありません。

世界に日本と米国と途上国Aと途上国Bの4つしか国がないとしましょう。日本とA国が自由貿易協定を結んだとします。途上国Aは、これまで米国から輸入していた工業製品を日本から買うようになり、日本はこれまで途上国Bから輸入していた農産物をA国から買うようになります。つまり、米国とBは一方的に売り上げが減り、その分を日本とA国が享受できるわけです。

米国は、TPPに参加しなかったことにより、「損も得もなかった」のではなく、損をしたのです。それならば、トランプ政権の次の大統領が参加すれば良いかというと、そうでもないのです。自由貿易協定は、先に参加した方が圧倒的に有利な立場に立つからです。

米国が参加を希望すると、日本が反対します。A国が米国からも工業製品を輸入するようになるからです。B国が参加を希望すると、A国が同様の理由で反対します。結局、日本とA国が「米国とB国が大幅に関税を引き下げるなら、参加を認める」ということで決着するならば、「日本とA国は小幅の関税引き下げで済んだのに、米国とB国は大幅に関税を引き下げた」という結果になるのです。

しかし、政治的には実現困難

経済学的には上記のように大変望ましい自由貿易協定ですが、政治的には難しい問題があります。だからこそ各国が関税を設けていて、なかなか自由貿易協定の交渉が進まないのです。

その最大の理由は、自由化される産業が猛反対するからです。経済学者は「日本の農家は、もともと儲けが小さいのだから、廃業して製造業で働けば良い」などと言いますが、現実は経済学者が考えるほど単純ではないのです(笑)。

有権者数に占める農業関係者の比率は低いのですが、自由貿易協定賛成派議員は、農業関係者の票の多く失うでしょうから、打撃は決して小さくありません。問題は、一方で、農産物消費者の票を得るのは容易ではない、ということです。農産物消費者全体としては、外国産の農産物が安く買えるメリットが大きいのですが、人数が多いため、一人当たりのメリットが小さいのです。そこで、選挙の時には他の争点に紛れて忘れられてしまうのです。

製造業労働者は、自由貿易協定のおかげで輸出が増えて企業が儲かって給料が上がったのですから、議員に投票してもよさそうですが、それも定かではありません。人間は、「良かったことは自分が頑張った成果だと考える一方、悪かったことは他人等のせいにする」傾向があるので、給料が増えた製造業労働者は自分が頑張った結果だと理解して、議員には感謝しないのです。

そうなると、自由貿易協定は「日本の国益にはなるけれども議員の票にはならない」ということになります。これは望ましいことではありません。今回は、与党が選挙で圧勝した直後だったので、次の選挙までしばらく時間があるということで、政府与党としては次の選挙のことをあまり気にしないで良かった、というラッキーなタイミングだったこともプラスに働いたのでしょう。

日本外交にとっての意味は大

今回のTPP自体が日本経済に与えるメリットは、たしかに大きくなさそうです。参加国の経済規模が小さいため、日本からの輸出が激増するわけでもなさそうですし、農産物の輸入価格が大幅に下がることもなさそうです。しかし、それでも今回の合意は、日本にとって非常に大きな意味があると思います。

第一に、対米従属外交ではなく独自外交を展開したことです。日本には独自外交が乏しいと言われ続けてきましたが、そうではない、ということを示したわけです。第二に、今次交渉は日本が主導したと言われており、日本にもそれだけの外交力があるのだということがアピールできました。そして、日本が保護貿易主義ではなく自由貿易に熱心だということも同時にアピールできたわけです。

しかも、米国が不参加となったことで、将来米国が参加する可能性が高いという状況が生まれました。そうなると、上記のように、先に協定を締結している方が立場上強くなります。「入れて欲しければ、大幅に関税を引き下げてね」と言えるわけです。そこまで言わないまでも、外交上で恩が売れることは間違いないでしょう。次期米国大統領が、きちんと恩義を感じてくれる人であるか否かは未知数ですが(笑)。

今回は以上ですが、併せて拙稿『経済学者は農産物の輸入自由化がお好き』と『政治家が、農産物の輸入自由化を嫌う理由を考える』もご覧いただければ幸いです。

なお、本稿は、拙著『経済暴論』の内容の一部をご紹介したものです。厳密性よりも理解しやすさを重視しているため、細部が事実と異なる可能性があります。ご了承ください。

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久留米大学商学部教授 塚崎 公義

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塚崎 公義


1981年 東京大学法学部卒業、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行
おもに経済調査関連業務に従事した後、2005年に退職し、久留米大学へ
(近著)
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