米国で論争:「ネットの中立性問題」とは何か、日本でも起きるのか?

米国地方部でのネットワーク関連投資拡大は期待されるが

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米FCCが「ネットの中立性」に関する規制撤廃の方針を示す

毎日なにげなく使っているインターネットですが、米国ではネットの世界における規制緩和の是非が大きな論争となっています。

具体的には、通信会社やケーブルTV会社などがネット上に流れる全ての情報を平等に扱うことを定めた「ネットの中立性(net neutrality)」の原則を維持すべきか、撤廃すべきか、という議論です。

ネットの中立性という言葉は、多くの日本人にとってはあまりなじみのないものですが、一言で表せば「通信ネットワークを担う立場の者が特定の通信を差別あるいは優遇するべきではない」という考え方です。

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米国ではオバマ政権時代の2015年6月に、以下の3点を禁じることでネットの中立性を担保し、通信キャリアへの規制を強化する政策を行ってきました。

  1. 合法的なコンテンツの流れを不当に遮ること(No Blocking)
  2. 通信速度を遅くしたり解像度を下げたりすること(No Throttling)
  3. 追加料金を払った一部大口顧客を通信環境で優遇すること(No Paid Prioritization)

これに対して、トランプ政権誕生後に就任した米連邦通信委員会(FCC)のアジット・パイ委員長は、11月21日にネットの中立性規定の撤廃を勧告しており、12月14日に正式に採決が行われる予定となっています。

この勧告が認められ、ネットの中立性の原則を守る必要がなくなると、通信事業者は、高い料金を支払ってくれるネットサービス会社に対しては高速の通信環境を提供する一方で、そうでない会社に対しては遅い接続環境しか提供しないという「裁量」を手に入れることが可能になります。

こうした動きは、ネットは「公共物」であるという考え方を根本から覆すものです。また、財務体力が乏しい企業にとっては大きな経済的な負担となるため、これから第2、第3のグーグルを目指そうとするような新興企業が生まれにくくなり、米国経済の活力が失われてしまう恐れがあるという見方もあります。

一方で、通信量(トラフィック)が急増してもネットワーク品質を落とさないようにするために、これまで多額の設備投資を行ってきた通信業者にとっては、今回の規制緩和の動きは大きな朗報であるということになります。

実際、こうしたFCCの動きに対して、SNS大手のフェイスブックや動画配信大手のネットフリックスなどは反発の姿勢を示す一方で、AT&TやComcastなどの通信インフラ企業側は歓迎の姿勢を示していると伝えられています。

目的は通信インフラ投資の再活性化

では、なぜトランプ政権はこのような政策変更に取り組もうとしているのか、その背景を考えてみたいと思います。

そこで思い出したいのが、昨年の大統領選挙においてトランプ氏がヒラリー氏に勝利した一因が、トランプ氏がシリコンバレーの「勝ち組」ではなく、地方都市の「忘れられた人たち」に光を当てたことにあったことです。

今回のFCCの政策変更も、高速ブロードバンドサービスが遅れている地方部での投資を促し、「デジタル格差」を解消することが理由の一つとされています。

これを実現するためには、通信事業者に対して設備投資を行うためのインセンティブが必要となりますが、それをネットの中立性を廃止することで実現しようとしているのです。

これによりどのような変化が起きるか現時点で正確に予測することは困難ですが、たとえば、通信事業者はネットフリックスなど大量のトラフィックを使うサービス事業者に対して回線使用料の値上げを行ったり、従わなければ通信速度を落としたりする処置を講じることが考えられます。

一方で、ベライゾンのような通信事業者自身が、ネットフリックスよりも安価で高速な動画配信サービスを提供し、通信事業者が単なる「土管屋」から「コンテンツプロバイダー」に脱皮する動きが、これまで以上に加速することも想定されます。

今後の注目点

FANG銘柄(フェイスブック、アマゾン、ネットフリックス、グーグル)と呼ばれる米国西海岸のネット関連企業は、これまで米国のなかで最も成長が著しく、また株式市場でもその存在感を高めてきました。

今回のFCCの動きは、こうした企業に対して、ネットワークに「ただ乗り」するだけではなく、応分の負担を強いる動きのように見えます。

今後は、FCCが期待するように、これまで遅れていた米国の地方部での通信インフラ関連の設備投資が活発化していくかがまず注目されます。その理由は、そうした動きが出てくれば、富士通(6702)や古河電工(5801)のように米国で通信インフラ関連事業を手掛けている日本企業も恩恵を受けることが期待できるためです。

ちなみに、日本では電気通信事業法で「通信の秘密」が保護されているため、そもそも通信事業者が特定のサービス事業者を排除するようなことはできない仕組みになっています。このため、米国のような通信事業者から見た場合の規制緩和議論が起きる余地はほぼないと言っていいのではないでしょうか。

つまり日本は、米国に比べると通信事業者には厳しく、ネット関連企業に対しては恵まれた環境が当面は続くということになります。そうしたなかで、日本でもFANGに相当するような企業が増えてくるのかについても注目していきたいと思います。

和泉 美治

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和泉 美治

同志社大学文学部卒業後、エルコインターナショナル (現:京セラエルコ) に入社。英国バーミンガム大学にてMBA取得。
その後UBSフィリップスアンドドリュー証券 (現:UBS証券) に入社し、調査部にてエレクトロニクスセクターを担当。2002年より2013年までJ.P.モルガンにて産業用エレクトロニクス及び民生エレクトロニクスセクターを担当。
日本証券アナリスト協会検定会員。