投信1編集部による本記事の注目点

  • 米アップルがiPhone Xで有機ELディスプレーを採用したことが牽引役となり、スマホディスプレーの有機EL化が急ピッチで進みそうです。
  • 有機ELは液晶ディスプレーとの差別化に加え、薄型化、軽量化、異形化といった形状の自由度が売りになる点からも、「有機ELディスプレーを作るならフレキシブル」という考えがスタンダードとなっています。
  • 有機ELディスプレーの製造では、日本は韓国企業や中国企業に後れをとっているものの、各素材・材料においては日本製品なくしては成り立たないという状況です。

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調査会社の富士キメラ総研が2016年5月に発表したレポートによると、高耐熱フレキシブル基板の市場規模は、有機ELディスプレー用途で需要が拡大し、15年比17倍の51億円になるという。フレキシブルデバイスに使用される、耐熱性を持つガラス基板とフィルム基板を対象に調査した結果、ガラスは同12倍の12億円、フィルムは同19.5倍の39億円になるとの予測だ。

15年時点では、ガラス基板は一部の有機EL照明用途での実用化があり、フィルム基板は大半がポリイミド(PI)フィルム、一部ポリエチレンナフタレート(PEN)フィルムが使用されていた。PIはスマートフォン(スマホ)向けの有機ELディスプレー用途が大半で、PENは有機薄膜太陽電池や電子ペーパー用途の実績が出始めているといった状況だった。

その後、周知のとおり米アップルが先般発売したiPhone Xで有機ELディスプレーを採用したことが牽引役となり、スマホのディスプレーは有機EL化が急ピッチで進められていくロードマップだ。

調査会社の英IHS Markitが17年3月に発表したレポートによれば、フレキシブル基板の有機ELディスプレーの需要は、17年第3四半期の出荷額が32億ドル規模になり、リジッドタイプの出荷額30億ドルを上回るという。また、ハイエンドスマホに使用されるフレキシブル有機ELは、16年比150%増の勢いで伸長するという。

モバイル用有機ELディスプレーはリジッドからフレキシブルへ

今後、韓国や中国パネルメーカーによる有機ELパネル工場の建設が相次ぐが、将来的にはリジッドよりもフレキシブル基板が多くなる見通しだ。

特に中国南部のチャイナスターやエバーディスプレイ、台湾のイノラックスなどがフレキシブル有機ELへの関心が高い。もちろん、生産技術面で難易度が高かったり、パネルが高価格なため採用するスマホメーカーが少なかったりすることで、当面は、特に中国工場ではリジッドからの立ち上げが多いだろう。

しかし、有機ELは液晶ディスプレーとの差別化を図る点からも、薄型化、軽量化、異形化といった形状の自由度が売りになる点からも、「有機ELディスプレーを作るならフレキシブル」という考えがスタンダードとなっている。また、製造工程やエンドユーザーが使用していくなかで、割れないことが重要視されてもいる。

そして今、熱い戦いを繰り広げているのが、PIワニスとフィルムである。

フレキシブル基板のスタンダードはワニス

現在、サムスン1社が寡占で製造している、スマホ向けフレキシブル有機ELディスプレーの基板には、PIのワニスが使用されている。その製造工程は、サポート基板の上にワニスをコーティングし、それを乾燥させてフィルム状にする。その上にTFTや素子などを作り込み、最後にレーザーで支持基板からリフトオフ(LLO)する。現状はこの製法がデファクトとなっている。

ワニスをサムスンに供給しているのは、11年に宇部興産と合弁で設立した子会社、SUマテリアルスだ。宇部興産のワニス技術が提供されている。同社のワニスは500℃のプロセスに耐える高耐熱仕様で、BPDAという分子構造のPIモノマーが高耐熱性を保持している。サムスンに採用されていることから、現状は同ワニスがフレキシブル有機EL基板のスタンダード品だ。

ただし、「今後の市場は分からない。これからが市場形成の始まりだ」(業界関係者)とのことで、これから新しく有機ELディスプレーを製造する後続メーカーが、この製造方法を採用するとは限らない。

PIフィルムがワニス市場に攻勢

ワニスを用いるサムスン方式の製造方法の課題として挙げられるのが、乾燥装置やLLOの装置が高額なことだ。また、ワニスはサポートガラスと線膨張係数が異なることから、生産中の熱で収縮や膨張した際に、しわが寄ったり破れたりすることがあり、歩留まりが低いことが挙げられている。

長年孤高のフレキシブル有機ELディスプレー生産者であったサムスンでさえ高度な技術を要することから、後続メーカーがフレキシブルに着手できるのは19年以降になるのではないかといわれている理由の1つだ。

そして、今後市場の広がりの流れを捉えようとしているのが、フィルムメーカーだ。例えばリジッドから立ち上げた工場の場合、フレキシブルにするにはワニスのコーティング、乾燥、LLO装置などが追加で必要となり、既存のガラス基板ラインの変更とさらに設備投資が必要になる。

ここをPIフィルムでは、フィルムをガラス基板と同様の大きさにカットして枚葉で提供し、サポート基板上でTFTや素子の製造が可能なようにすれば、既存ラインはそのままに、軽微な設備投資で済むという。さらにフィルムならば、ガラス基板に比べて割れないという付加価値をつけて展開できるというのだ。

フィルム化の課題は生産工程の高クリーン化

一方で、フィルム化の課題とされているのが、傷やほこりだ。フィルムそのものを製造する際に生じるもののため、防ぐことが難しく、生産環境に半導体製造と同等のクリーン度が要求されてくる。なおかつ、フィルムの表面もTFTガラス基板と同等の平滑度を求められる。さらに、サポート基板とフィルムを接着する固定材にも特別な性能が求められる。

その点、ワニスであればTFT製造工程内で処理されるため、クリーン度は抜群で、傷やほこりの心配はない。また、接着剤を塗布する必要もないし、フィルムの平滑性を上げるためのコーティングをする手間も材料もいらないという。パネルメーカーはどちらの方法も検討中のようで、実績のあるワニスを選択するか、フィルムかは未知数だ。

PIフィルムは高耐熱がキーワード

高耐熱を謳うPIフィルムのサプライヤーとしては、東レ・デュポン、カネカ、三菱ガス化学、韓国SKC Kolonのほか、ワニスだけでなくモノマーからポリマー、フィルムまで持つ宇部興産がいる。そして、業界最後発としてこのほど高耐熱PIフィルムを上市したのが、東洋紡だ。

同社の高耐熱PIフィルム「ゼノマックス」は500℃の生産工程に対応できるため、アモルファスシリコン、低温ポリシリコン、酸化物などすべてのTFT工程に対応する。さらに、同社はフィルム化の課題をクリアし、パネルメーカーにゼノマックスの取り扱い説明書をオープンにし、顧客が使いやすい形態で提供することで採用拡大に注力している。

東洋紡が展開する高耐熱性ポリイミドフィルム「ゼノマックス」

PIフィルムでゼノマックスほど高耐熱性能を保持する製品はまだなく、同社も「ここまで高耐熱なPIフィルムを提供できるのは当社だけ」と自信を見せ、業界内でも「東洋紡1社だけが供給できる状況」(業界関係者)ということから、期待は大きい。ワニス対PIフィルムの攻防が静かに繰り広げられているものの、ワニスのように、日本メーカーが手がけるPIフィルムがフレキシブル有機ELディスプレー基板のデファクトスタンダード品になっていくかもしれない。

PIフィルムの次のキーワードは「高透明」

PIフィルムに寄せられる次の期待は「高透明化」だ。早ければ19年にはサムスンが上市すると言われるフォルダブルディスプレー向けなど、異形フレキシブルディスプレーを視野に入れる。異形のフレキシブルディスプレーの基板としてだけでなく、同ディスプレーに搭載されるタッチパネルやカバーガラス代替のカバーウィンドウなどが視野にある。

基板用に展開されているPIは薄茶色がついている。PIは高耐熱にすると黄色味を帯びるのが特徴で、耐熱性と透明度がトレードオフの関係にある。液晶パネルの基板としてではなく、自発光の有機ELディスプレーや電子ペーパー向けに展開されているゆえんだ。フォルダブルやローラブルといった有機ELディスプレーでは、剛直かつ高透明でなければならず、フィルムではPIに白羽の矢が立ち、透明化の要求が強いという。

同分野は基板向けよりも競争がさらに激化するもようだ。なぜならば、前述の古参のメーカーも高透明PIフィルムの開発の最中であり、日系プレーヤーだけでなく、新規の海外メーカーや研究機関なども乗り出しているからだ。

有機ELディスプレーの製造では、日本は完全に韓国企業の後発にまわり、中国企業の設備投資には遠く及ばない。彼らの実績や資金力に日本企業が単体で追いつくのはかなり困難な状況だ。しかし、各素材、材料においては日本製品なくしては成り立たない。ワニス然り、各電子部品然りである。今後も、ワニスのようなデファクトスタンダード品が日本メーカーから生まれ続けることを祈りたい。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 澤登美英子

投信1編集部からのコメント

本記事では有機ELディスプレーの動向がわかりやすく整理され、その競争がリジッドからフレキシブルへと移行しつつある中、コアとなる材料や今後の課題などが指摘されています。

現在、複数の日本企業が存在感を示しており、デバイスそのもののディスプレーでは日本企業は浮上しない可能性もありますが、材料業界では今後もうまく立ち回れる印象すらあります。「またいつものパターンか」という見方もあるかもしれませんが、反面、いつも材料メーカーがそのポジションを確保できていると評価するべきではないでしょうか。

電子デバイス産業新聞×投信1編集部

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