労働力が不足するほど年末に働く人が減る「年収の壁」の恐怖

サラリーマンの専業主婦だけの優遇は不公平?

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労働力不足が深刻化するとパートの労働時間が減るので年末の労働力が確保できない、という困ったことが起きています。久留米大学商学部の塚崎公義教授が解説します。

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年末が近づくと、「忙しいから多くのパートを雇いたい」と考える会社が増えますが、一方で「年収の壁があるので年内は働けない」というパートも増えてきます。こうしたことは、以前からあったはずですが、景気が回復するとともにひどくなっているはずです。その一因は雇いたい会社の増加ですが、今ひとつは何と皮肉なことに「時給が上がったことによるパートの労働時間の減少」なのです。

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年収の壁に達する時間が短くなっている

サラリーマンの専業主婦は、パートの年収が103万円を超えると夫が配偶者控除を受けられなくなり、夫の勤務先によっては配偶者手当が受け取れなくなります。年収が130万円(人によっては106万円、以下同様)を超えると自分で社会保険料を払う義務が生じます。

したがって、年収が103万円を超えないように、超えたとしても130万円は超えないように、働く時間を調整している人が大勢います。「103万円の壁」「130万円の壁」と呼ばれている現象です。

問題は、景気が拡大して労働力が不足し、パートの需給が引き締まって時給が上がってくると、従来よりも短い労働時間で年収の壁を超えてしまうので、専業主婦たちが従来より働かなくなる、ということです。

「労働力の需要が増えると価格が上がり、企業としては高い時給は払わされるが、それにつられて供給が増えるので、必要な労働力は確保できる」というのが本来あるべき姿です。しかし、年収の壁があるせいで「労働力の需要が増えると価格が上がり、それにつれて供給が減るので、高い時給を払っても労働力が確保できない企業が増える」という由々しきことが起きているのです。

忙しい年末ほど働くパートが少ない恐怖

年間を通じてのパートの労働時間が短くなること自体、女性が活躍する社会を目指す日本にとっても労働力不足に悩む日本経済にとっても由々しきことですが、最も企業の仕事が忙しくてパートを大勢雇いたい年末に、最も働くパートが少なくなるということも由々しきことです。

せめて、年収の壁の判別を年収ではなく年度(4月から3月)の収入で行なってもらえれば良いのですが・・・。

それから、制度を誤解している主婦も多いようなので、そのあたりの周知徹底も必要でしょう。まず、103万円の壁については、年収が103万円を少し超えた場合でも、夫は配偶者控除の代わりに配偶者特別控除が受けられますから(手続きは若干面倒なようですが)、夫の手取りが激減するわけではありません。

夫の勤務先の扶養手当が減る場合には、壁を意識する必要があるのは当然ですが、そうでなければ壁を意識せずに働いて大丈夫なのです。

それから、130万円の壁については、実際の年収ではなく年収見込みで判断されますから、年末に急に仕事量を減らしても、あまり意味はないようです。この点の周知徹底は重要かもしれません。来年から103万円の壁が150万円の壁になるので、130万円の壁を気にする人が圧倒的に増えるはずだからです。

制度の抜本的な改革が望まれる

そもそもサラリーマンの専業主婦だけ優遇されていることは問題です。夫が自営業者や無職なら配偶者控除は受けられませんし、妻は年収にかかわらず社会保険料を徴収されるのですから、サラリーマンの専業主婦もそうすべきでしょう。

かつては、皆が結婚し、サラリーマンの妻は専業主婦で自営業者の妻は共働きが普通だったので、特に不都合はなかったのでしょうが、今では結婚しない人、夫婦ともサラリーマンである共働き、離婚したシングルマザー等々が数多く存在しているのですから、時代の変化に制度もあわせるべきです。

いまや「専業主婦を養える裕福な夫」は少ないのですから、彼らを優遇するくらいなら、子育て支援を充実させて少子化を食い止めましょう。

サラリーマンの専業主婦は社会保険料を払わなくて良いという制度については、撤廃には時間がかかるでしょうから、応急措置として激変緩和措置を設けるべきです。所得税は、所得が一定水準を超えると課税されますが、当初は少額の課税なので、課税され始める水準を意識する必要がなく、「年収の壁」ができないのです。

社会保険料も、それと同様の制度にすれば良いのです。130万円の壁ではなく、たとえば年収が100万円を超えたら少額の社会保険料を徴収し、160万円になるまで徴収額を少しずつ増やして行く、という具合にです。

民間企業の給与体系に口出しするわけに行きませんから、ここからは筆者の独り言ですが、専業主婦を養っている夫と独身者が同じ会社で同じだけ働いて同じだけ貢献しているのに所得が異なるのは、「同一労働同一賃金」ではありませんよね(笑)。

それでも配偶者手当を残すならば、判別の基準を103万円から150万円に引き上げてほしいですね。そうすれば、皆が130万円の壁を気にするので「配偶者手当が専業主婦の労働力の供給を妨げる」という弊害が格段に小さくなるでしょうから。

なお、本稿は厳密性よりも理解しやすさを重視しているため、細部が事実と異なる可能性があります。ご了承ください。

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久留米大学商学部教授 塚崎 公義

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塚崎 公義


1981年 東京大学法学部卒業、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行
おもに経済調査関連業務に従事した後、2005年に退職し、久留米大学へ
(近著)
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(雑誌寄稿等)
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