賃金が増えずに配当ばかり増える理由を考える

配当が賃金より増えています。その理由を久留米大学商学部の塚崎公義教授が解説します。

2000年頃から急に増加している配当額

法人企業統計を見ると、1990年頃から給与等(本稿では給与、賞与、福利厚生費の合計を用いている)は横ばいで推移しています。これは、バブル崩壊後の長期にわたるゼロ成長を反映したもので、特に不思議ではありません。愉快ではありませんが(笑)。一方、配当額は2000年頃から急激に増加しています。これは、世の中の「企業観」の変化によるところが大きいでしょう。

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単位:兆円

1990年代、日本経済が不振に喘いでいる一方、米国経済は「IT革命」などの恩恵もあり、好調に推移していました。90年頃に相次いで西側経済圏に参加してきた旧東側諸国が米国の経済システムを学んでいたこともあり、米国的なやり方をグローバル・スタンダードと呼ぶ人が増えました。「日本のやり方を米国のやり方に変えないからダメなのだ」というわけです。これが2001年の小泉構造改革の基本理念になっていくわけです。

それまでの日本企業は、「従業員の共同体」と呼ばれ、株主の利益より従業員の利益が優先されていました。儲かっても儲からなくても、株主には「資本金を出してくれたことへの謝礼」として一定の配当を支払っておけば良い、と考えられていたのです。バブル期に企業収益が絶好調であった時でさえ、株主への配当は、わずかにしか増えていないことがグラフから読み取れます。

一方で、米国の企業は「株主が金儲けのために労働者と経営者を雇っている株主の道具」ですから、儲かれば配当をするのが当然です。「儲かったら給料を上げる」のではなく、「給料を上げないと優秀な人材が雇えない場合に限って高い給料を払う」わけです。その発想で2000年代の日本経済を見ると、失業者が大勢いたので、企業は高い給料を払うインセンティブを持ちませんでした。儲かっても儲からなくても安い賃金を支払っていれば良かったのです。

売り上げが伸びないのに利益が増えるのは海外投資の果実も

企業が「従業員主権」から「株主の金儲けの道具」に変質したことで、企業が従業員を搾取して儲けるようになった、という面は皆無ではないでしょう。企業が正社員を減らして賃金の低い非正規労働力を活用するようになったから企業が儲かるようになった、ということもあるでしょう。

単位:兆円

しかし、上の2つのグラフを見比べると、売上高も人件費もどちらも横ばいなのです。「売上高が増えているのに人件費が増えていないから企業が従業員を搾取している」というわけではないのです。

理由の一つは、企業の海外投資の活発化にあるようです。2016年の国際収支統計を見ると、対外直接投資からの収益は11兆円あります。同期間の経常利益が76兆円であったことを考えると、これだけでも相当大きな寄与だと言えるでしょう。それ以外にも、証券投資からの利子配当、海外子会社から受け取っている技術指導料等々も巨額にのぼっています。

「海外投資によって儲かった分は、給与ではなく配当に回す」のは自然なことでしょうから、給料より配当の方が増えている、というのは納得ですね。まあ、労働者としては、「国内に工場を作らずに海外に工場を作って、海外で儲けて国内を失業者だらけにして・・・」と愚痴の一つも言いたくなるかもしれませんが、昨今の労働力不足に免じて、ここは素直に納得していただければ幸いです(笑)。

短期的には、景気回復が収益を大きく拡大することに留意

短期的には、このところ続いている景気拡大の影響も大きいと思われます。企業の利益は、売り上げが少しでも増えると大きく増えるのが普通だからです。これを理解するためには、企業のコストに固定費と変動費があることを理解する必要があります。

コストの中には、売り上げが増えると連動して増えるものがあります。たとえばレストランで言えば、材料費です。これを変動費と呼びます。それ以外のものは、売上とは連動しません。たとえばレストランの人件費です。これを固定費と呼びます。

理髪店は、変動費がゼロです。厳密には客が来ると湯とシャンプーを使いますが(笑)。いま、売上が10万円で固定費(社員の給料等々)が8万円の理髪店があるとします。利益は2万円です。売り上げが1割増えて11万円になると、利益は売上の11万円から固定費の8万円を引いた3万円になります。売り上げが1割しか増えていないのに、利益は5割も増えています。ですから、好況期には大幅増益になる企業が続出するのです。

こうして好況期には利益が大幅に増えるので、配当も大きく増えます。賃金はそれほど増えないので、賃金と配当を比べると、後者の伸びが目立つ、ということになるわけです。

もっとも、不況期には大幅減益になる企業が続出するので、企業経営は楽ではありません。収入が10万円から9万円に1割減っただけで、利益は2万円から1万円に5割も落ち込んでしまうわけですから。

全くの余談ですが、好況期には企業の利益が大きく増えるので、法人税収が大きく増えます。筆者が「財政再建を焦って無理な増税で景気を殺してはいけない」と主張しているのは、「景気は税収という金の卵を産む鶏」だからなのです。

なお、本稿は厳密性よりも理解しやすさを重視しているため、細部が事実と異なる可能性があります。ご了承ください。

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久留米大学商学部教授 塚崎 公義

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塚崎 公義


1981年 東京大学法学部卒業、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行
おもに経済調査関連業務に従事した後、2005年に退職し、久留米大学へ
(近著)
なんだ、そうなのか! 経済入門
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(雑誌寄稿等)
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