運転しなくても自動的に走る車=自動運転車に関するニュースを目にする機会が本当に増えました。「とはいっても、実用化されるのは、まだまだ先」と漠然と考えている人も多いかもしれません。しかし、すでに米国や中国では具体的な姿を見せつつあります。「サービスとしてのモビリティ=MaaS(マース)って何?」でもご紹介しましたが、加速する自動運転技術開発とMaaS(Mobility-as-a-Service)という革新的なコンセプトの登場により自動車業界には地殻変動ともいうべき変化が起きています。また、今年1月に米ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)2018」でも、大きなインパクトを残しました。

筆者は今年のCESを視察し、MaaSの「いま」を体感することで改めて確信しましたが、MaaSのインパクトが及ぶのは車の世界だけにとどまりません。今回はその点にも触れていきたいと思います。

「サービスとしてのモビリティ」=「MaaS」とは

MaaSは、元来個人や法人が所有して移動に使うクルマや自転車など(=モビリティ)を、「所有」するのではなく、「サービスとして使う」というシェアリング・エコノミーの発展形です。

MaaSは今はまだ新しい概念ですが、すでに実用化も始まっていて、いままさに進行形で現実社会に浸透しつつあります。たとえば、Uber(ウーバー)やLyft(リフト)が世界の主要都市で提供している、ドライバーと乗客を結びつける配車サービス。「ヒトの移動」という行為を劇的に便利にする「移動サービス」、つまりMaaSの代表例です。そして、これを加速させるのが「自動運転車」――その名の通り、人が運転しなくても走行する車だというわけです。

CESで大きな印象を残した「自動運転車」

毎年1月に開催され、世界中の注目を集めるCES。今年は、自動車メーカーが多数出展したこと、また自動車メーカーだけでなく多くのテクノロジー業界が自動運転をテーマにさまざまなユースケースを提示したことが大きな話題のひとつでした。

今回CESを視察した筆者は、自動運転技術を開発する英・Aptiv(アプティブ)とタクシー配車サービスの米・Lyftが行っていた「自動運転タクシー」のラスベガス市内デモ走行も体験しました。その「完全自動運転」は想像以上にストレスを感じないレベルで、実用化に向けての技術進展の裏付けをアピールするには十分なものでした。

他の企業でも、グーグルの自動運転車の開発部門が分社して設立した企業であるWaymo(ウェイモ)がアリゾナ州フェニックスで公道テストを始めましたし、GMは2019年からハンドルがない車を実用化する方針を表明するなど、自動運転実用化に向けた各社の動きは加速する一途です。

これに対し、日本では一般的にまだもう少し先の話だと捉えられているようにも感じます。交通量が多く、決して運転のおとなしい車ばかりではないラスベガスの幹線道路を違和感なく走行する自動運転車の後部座席で、間近に迫る新世界への期待感とある種の危機感を強くしました。

トヨタは「e-パレット・コンセプト」で自動運転のさらに先のサービスを見据える

こうした中、日本の自動車産業はどんな戦略を掲げているのか。今年のCESの舞台において、大きな注目を集めた企業の1つが「e-パレット・コンセプト」を打ち出したトヨタ自動車(以下トヨタ)です。トヨタは、自動運転技術を活用したモビリティサービスへの参入を表明しました。これまで「車を運転する楽しさ」をアピールしてきた世界最大級の自動車メーカーであるトヨタが、その姿勢を転換してこれからはサービス企業として、そのプラットフォームになる表明したこと、それも豊田章男社長自らがモビリティサービスを行う企業に変革すると宣言したわけで、業界・市場関係者やメディアに大きなインパクトを与えました。

トヨタの「e-パレット・コンセプト」は、すでにいろんなところで紹介されているのでご存知の読者も多いと思いますが、最大のポイントはそのビジョンの総合性・多様性、そして、明確に「所有」から「サービス」への転換を示したことにあると受け止められています。同社が開発するモビリティサービス・プラットフォーム(自動運転車体)はタクシーやライドシェアサービスのみならず、小売店や宿泊・飲食施設、物流向け等様々なサービスに用いられることを想定されており、数多くの異業種パートナーとの提携も併せて発表されました。

トヨタが発表した箱型の自動運転車

もし自動運転車で「コンビニ」が家まで来るようになったら

トヨタが今回示した世界の実現は、物販や物流、あるいは多種多様なサービス業などにおける既定概念を一変させる可能性をはらんでいます。わかりやすい例を1つ挙げれば「立地」という価値。たとえば、これまでは駅前の好立地に不動産を借りて営業することで競争優位を保っていた業態が、オンデマンド型に移行していく可能性も示唆しています。人の流れや、それを前提にしたまちづくりにすら影響を及ぼす可能性があるかもしれません。

もちろん、どんなサービスでも自動運転車で提供できるかと言えば、そうではないでしょう。たとえば待ち合わせに使うカフェ、そこに行くことそのものに価値があるエンタテインメント性がある店舗などであれば「行くこと」「そこにいること」自体に大きな意味があります。一方で、欲しいものが「家にある」「自分が持っている」ことに重要性がある場合はどうでしょうか。必要なものは、ある場所に買いに行くのではなく、その「場」自体がやって来てくれれば足りてしまいます。これが実現したならば、これまで立地で勝負してきた産業の構造を大きく揺るがすこともありえるでしょう。「駅近」という点が価値の源泉だった不動産にも、その価値の根本的な変化が起きる可能性があるかもしれません。

実際のところ、すでにeコマースの世界でも自動運転車に「実店舗」を作ることに対するインセンティブがあります。というのも、現状では物流キャパシティの2~3割が返品という状況にあり、これを解消する一手段としての期待があるといわれています。たとえば、単に通販サイトで見定めた服を購入するのに代わって、いくつかサイズや色違いが乗せられた自動運転車が自宅前に到着し、その中で試着して選択・購入することができれば、こうしたロスを減らせるのではないか、というアイディアです。

上記は一例にすぎません。単に車を運転せずに済むというだけでなく、人々の行動様式、あるいは距離や空間についての概念が激変し、消費やサービスのパラダイムシフトが起こる可能性も有しているということです。

MaaSによる破壊的イノベーションはサービスプラットフォーマーなくして成り立たない

もちろん、こうしたことは自動運転の安全性や運行を担う会社があってこその話です。普通の自動車と自動運転車の大きな違いのひとつは、ハードウェアを売り切って終わりではないということ。MaaSがもたらす新しい世界は、自動運転の安全性を常時モニタリングし、緊急時・故障時にはそれに対応し、自動運転自体の安全性の責任を負う存在があって、はじめて成り立つものであるといえるでしょう。

「破壊的イノベーション」にフォーカスした投資で知られる米国のアーク・インベストメント・マネジメント・エルエルシー(ARK社)では、自動運転タクシーが実用化されれば、現在1マイル当たり3ドル50セントかかっているタクシー代(米国の平均)が、35セントになると推測するとともに、このフィーを自動運転技術を提供して安全性を確保する企業である「MaaSプラットフォーム企業」、タクシー事業会社などの「MaaS活用ビジネス企業」、ハードウェアを製造する「主要部品・車体開発企業」、送客などを担う「リードジェネレーション企業」で配分することになると見込んでいます。

垂直統合的にすべての役割を担う企業が出てくる可能性もありますし、各分野で強みを持つ企業が協業する場合もあるでしょうが、MaaSプラットフォーム企業が新しい世界を実現するMaaSの重要なパートを担うことは想像に難くありません。どういう動きが出てくるのか、これからも目が離せません。

(本稿はMaaS関連企業を例示していますが、当該銘柄の売買を推奨するものでも、将来の価格の上昇または下落を示唆するものでもありません。また、日興アセットマネジメントが運用するファンドにおける保有・非保有および将来の銘柄の組入れまたは売却を示唆・保証するものでもありません)

千葉 直史