3月1日、トランプ米大統領は、「鉄鋼に25%、アルミニウムに10%」の輸入関税措置を課すことを宣言しました。この宣戦布告とも言える「トランプ関税」を巡る国際政治の動向が金融市場を大きく揺るがしています。

通商・貿易戦争への不安に拍車をかけたのは

影響を受けるとされている欧州は、早速反応しました。欧州委員会のマルムストローム委員(通商担当)は7日、トランプ大統領が計画する関税賦課は「米欧関係を損なうと同時に、規則に基づく世界の貿易システムにも害を与える恐れがある」とし、「正しい行動ではない」と断じて、EUはこれに対抗し、米国からの輸入品に28億ユーロ(約3700億円)相当の報復関税を課すとの方針を示しました。

経済的なナショナリズムが顕著になり、エキセントリックに表現すれば、通商・貿易戦争に発展する可能性は高まったとも言える状況で、世界の金融市場にとって極めて厳しい展開になる恐れもあります。

この不安に拍車をかけるように、米国家経済会議(NEC)のコーン議長が辞任するというニュースが入ってきました。トランプ政権内で、反自由貿易の流れに対して防波堤の役割を担ってきたと言われるコーン氏の辞任は、トランプ政権が保護主義に陥ることになるのではないかという市場の不安を増幅しました。

実際、トランプ大統領が選挙戦で主張してきた中国を為替操作国に指定する方針を昨年4月に撤回する判断を下した際や、北米自由貿易協定(NAFTA)から離脱せず再交渉のテーブルに着く方針に切り替えた際にも、コーン氏は影響力を発揮したと言われています。

トランプ大統領の強硬姿勢をめぐる楽観論と悲観シナリオ

ホワイトハウスの機能不全や相次ぐ高官の入れ替わりは、トランプ大統領就任以来、日常化してきました。市場も、これまでは重視して来ませんでした。しかし、今回は事情が違うかもしれないことを恐れています。

楽観的な見方としては、今回のトランプ大統領の強硬姿勢への転換は、3月13日のペンシルベニア州下院補欠選挙を意識した「演出」であるとの指摘もあります。また、前述の北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉を有利に進めるための戦術という見方もあります。

また、コーン議長一人の辞任で、トランプ政権内の方針が大転換することはなく、欧州連合(EU)の本格的な対抗措置の表明や株価の不安定化に驚き、これまでのように言を左右にして、トランプ大統領が態度を軟化させるという指摘もあります。

しかし、ホワイトハウス内の「良識派」と目されたクシュナー大統領上級顧問も、ロシアに絡む捜査で影響力が低下しており、悲観的な見方が上回る状況です。

悲観シナリオが台頭した場合、心配されるのは、自由貿易体制によって支えられてきた堅調な米国経済が変調をきたすことです。その場合は、米株安への圧力が高まるほか、財政赤字の拡大・FRBのバランスシート縮小による米国債需給悪化・関税率引き上げによる悪いインフレへの警戒感は、米国債への売り圧力となります。

そして、米株や米債が不安定化することは、米ドルへの信認も低下させる危険があります。現に、世界の政府系ファンド(SWF)への聞き取り調査では、今後1年間に米国資産をアンダーウエートにすると回答した比率が先月、43%へ急上昇し、約3分の1が貿易戦争と保護主義が最大のテールリスクだと指摘したことが報道されています(参考:3月7日付ロイター記事)。

筆者は、悲観的なシナリオが実現する可能性はまだ低いと考えていますが、トランプ大統領の今回の判断は、世界経済と市場にとって非常に重要なターニングポイントになる可能性を秘めているということは間違いがないと考えます。

ニッポン・ウェルス・リミテッド・リストリクティド・ライセンス・バンク 長谷川 建一