日銀が物価目標の達成時期を削除したことが波紋を呼んでいます。大人になりたくないと言って駄々をこねていたピーターパンもようやく夢から覚めようとしていることをうかがわせているからです。

日銀が現実に目を向け始めたことをきっかけとして、物価と通貨価値との関係に改めてスポットライトが当たる可能性があり、ビットコインには棚からぼたもちとなるかもしれません。

夢から覚めたピーターパン、総裁再任で先送りを断念?

日銀は4月27日に公表した展望リポートで、これまで明示してきた2%の物価目標の達成時期の削除に踏み切りました。

これまでの流れを簡単に確認すると、日銀の物価目標に対するスタンスは次のような変遷をたどっています。

2013年 3月 黒田総裁が就任会見で2年で2%の物価目標の実現を目指すと宣言
2013年 4月 目標の達成時期を2014年度(2015年3月)と明記
2015年 4月 2016年度前半(2016年9月)に先送り(1回目)
2015年10月 2016年度後半(2017年3月)に先送り(2回目)
2016年 1月 2017年度前半(2017年9月)に先送り(3回目)
2016年 4月 2017年度中(2018年3月)に先送り(4回目)
2016年11月 2018年度ごろ(2019年3月)に先送り(5回目)
2017年 7月 2019年度ごろ(2020年3月)に先送り(6回目)
2018年 4月 目標時期を削除

目標達成時期の削除に至った背景には黒田総裁が再任されたことが影響しているようです。

黒田総裁は2年で2%の目標達成に失敗した2015年6月、「飛べるかどうかを疑った瞬間に永遠に飛べなくなってしまう」とピーターパンの一節を引用し、大切なのは「確信」を持つことだと説いています。

ただし、日銀が国債を大量に購入さえすれば物価は簡単に上げることができるというのは夢物語であることが時間の経過とともに浮き彫りとなり、当初は2年であった目標達成時期が次々と延期され、ついには5年の総裁任期が終了してしまいました。

黒田総裁は今年3月に再任され、任期はあと5年延長されていますが、すでに6回も先送りされていますので、「日銀には物価目標を達成する意思も能力もないのではないか」と疑われても仕方のないところです。

夢をあきらめないことも大切ではありますが、2年の予定が5年を費やしてもできなかったわけですから、そろそろ現実に目を向ける必要があると考えるのは自然な流れともいえそうです。

4月からは新副総裁も加わり、黒田丸の新たな船出となったことを契機に、既に形骸化していた達成時期はお役御免となったようです。

片岡委員の反対も削除を後押しか?

また、片岡委員の存在が執行部にはプレッシャーとなった可能性もありそうです。

片岡委員は昨年7月に日銀の審議委員に就任し、最初の参加となった9月の政策決定会合以降、今年4月の会合まで6回連続で現状の金融政策に反対しています。

黒田総裁は2013年の就任会見で「できることは何でもやる」と大風呂敷を広げたほか、同席していた岩田副総裁(当時)も「2年での達成にコミットすることが必要」と明言しています。

片岡委員は「物価目標の達成時期を明記するとともに、達成時期が後ずれする場合には追加緩和手段を講じることが適当」として反対していますが、内容はまさに黒田総裁や岩田副総裁が主張していたことですので痛いところを突かれており、真性のピーターパンの登場に手を焼いている様子がうかがえるわけです。

したがって、「達成時期へのコミットメントはそもそも存在しないし、達成できないからといって対策を講じる義務もない」とちゃぶ台返しをする必要に迫られていたのかもしれません。

インフレで懸念すべきはモノの値段の上昇ではなく通貨価値の下落

ところで、インフレにはデマンドプル型とコストプッシュ型の2通りがあるといわれています。

デマンドプル型とは需要が供給を上回ること、すなわち良質な財やサービスを提供することでそれを望む人が増えて価値が上昇することです。この場合、価値を提供した企業や従業人の所得も増え、消費を刺激して景気が好循環に向かうことが期待できます。

一方、コストプッシュ型はコストだけが上昇し、賃金の上昇のともなわない物価上昇のことで、たとえばオイルショックが挙げられます。ただ、より深刻なコストプッシュ型のインフレであるハイパーインフレーションはほとんどの場合で通貨価値の下落をともなっており、最近の事例としてベネズエラを挙げることができます。

ベネズエラのインフレ率は2月現在で6000%以上と昨年12月の2000%超から加速し、年内には13万%超に達すると予想されています。そのベネズエラの通貨ボリバルは2016年の公式レートが1ドル=6.3ボリバルでしたが、現在の非公式レートでは20万ボリバル超へと暴落しているのです。

ベネズエラの国内で生活している人にはモノの値段が上がっているようにしか見えませんが、実際に起きている現象はモノの価値が上がっているというよりも通貨価値の下落、すなわち1通貨単位当たりでの購買力の低下です。

ビットコインには発行上限があり、対フィアットで上昇も

ハイパーインフレに悩むベネズエラでは国家として初めて仮想通貨ペドロが発行され、そのペドロが法定通貨に取って代わろうとしています。

仮想通貨、たとえばビットコインがフィアット(法定)通貨に対して持つ優位性はさまざまですが、その一つとして発行量が既に決まっていることが挙げられるでしょう。

経済規模の拡大を前提にすると、通貨の発行量が一定であればその価値の上昇、すなわち購買力の向上が見込まれる一方で、経済にはデフレ圧力が働くと考えられています。

金本位制が失敗したのは、このデフレ圧力が影響したと見られています。ただ、通貨制度としては失敗したのかもしれませんが、金とドルとの固定レートが廃止された後、金価格が爆発的な上昇を見せたこともまた事実です。

発行の上限が決まっているビットコインにも金本位制と同様なデフレ圧力が内在していると考えられますので、フィアット通貨に対して上昇を期待する声が挙がっても不思議ではないわけです。

通貨供給量に注目ならビットコインに再評価も

日銀は円の供給量を増やすことでインフレを引き起こそうと試みており、見方を変えると円安を期待していたことがうかがえます。物価目標の達成時期の削除は、円安を利用した物価の押し上げをあきらめたとも受け取れますので、円高への警戒感が強まるのかもしれません。

その一方で、通貨価値が無に等しくなったベネズエラでは国家による仮想通貨が発行され、通貨の安定を図ろうとしています。

日銀とベネズエラの動きには一見何の関係もなさそうですが、ともに通貨の供給量に課題を抱えており、その交点として供給量に制限のあるビットコインが注目されてもおかしくはなさそうです。仮にそうなれば、インフレヘッジとしてビットコインの再評価につながる可能性もありそうです。

LIMO編集部