日本の自動車メーカーは今、中国で一定のポジションを確保しなければ生き残れないと考えている。アメリカも重要な市場であることに変わりはないが、アメリカさえ押さえれば安泰という時代はすでに終わりを告げた。中国市場に対応するマーケティングや技術戦略を強化しているのは、日本メーカーの共通意識だろう。

 なぜ中国がそれほど重要なのか。それは市場の拡大余地が桁違いに大きいからにほかならない。中国の自動車保有率は10%。13億人の大国の90%は車を保有していないということになる。逆に言えば、それだけ可能性を秘めているわけで、そんなおいしい市場は世界にもほとんどない。その中国が「EVにシフトする」と言っている以上、それが良い悪いはともかく、対応せざるを得ない。これは合理的な判断だ。

日産は中国で1兆円投資、22年までに20車種以上発売へ

 とりわけ中国で最も積極的に展開しているのが日産である。日産は今のところEVの技術、経験とも日本勢の中ではずば抜けている。2010年に100%EV「リーフ」を投入し、すでに世界で30万台以上が走っている。

 EVシフトはさらに加速させる方針で、三菱自動車、ルノーを加えた3社で20年までにEV専用の共通プラットフォームを完成させ、22年にはEVなど電動車の販売割合を全体の3割に高める見通しも発表している。

 すでに日産は中国の東風汽車集団と合弁会社を作っているが、この社長が「EV開発、生産能力増強のため1兆円を投資する」と、とんでもないことを述べている。

 1兆円という金額に多くの業界関係者やメディアは衝撃を受けた。2022年までの約5年間で20種類以上の電動車を発売するとも言っている。

 ちなみにこれより先に中国への大型投資を発表したのが、今や販売台数で世界トップシェアとなったドイツのVWだ。こちらは2025年までにというタームだが、電動自動車に1兆4000億円を投入するという。

 ここで押さえる必要があるのは、VWは「すべてEV」とは言っていない点だ。今後投入する20種類の新車は、EVまたはエンジンで発電してモーターで駆動する車種とし、こうした電動車の割合を販売台数の3割にするといっている。

プリウスの独走を終わらせたノート eパワー

 日産と言えばEVばかり注目されているが、次世代エコカーではこうしたエンジンで発電してモーターで駆動する車種も持っており、むしろ稼ぎ頭になっているのはこのタイプだ。

 それを象徴する出来事が2016年11月に起きた。日産「ノート eパワー」が、月間車種別新車販売台数でトップに立ったのである。それまでは、ぶっちぎりで「プリウス」が首位を独走していたし、それは当分続くと思われていただけに、「ノート eパワー」の首位奪取はまさに業界に激震を走らせたといっていい。

 ノートが搭載する「eパワー」の構造は、一種のハイブリッドである。クルマ好きなら御存知と思うが、ハイブリッドは「パラレル方式」と「シリーズ方式」に大別できる。エンジンとモーターが同時並行、つまりパラレルに駆動させるのがパラレル方式。プリウスはパラレル方式で、ノートはシリーズ方式だ。

 シリーズ方式の特徴は、車輪を駆動するのはあくまでモーターで、エンジンは発電し電気を供給する機能に特化する。発進時はバッテリーから供給される電力でモーターを回し、発進後にエンジンを回転させて発電し、この電気で走り続ける。限りなくEVに近いと言っていいだろう。

 それに対し、プリウスは通常はエンジンで走り、パワーが必要な時はエンジンに加えてモーターも使う。あくまで主役はエンジンで、モーターは脇役と言い換えてもいい。一方、ノートの主役はモーターでエンジンが脇役。このように同じハイブリッドだが、まるで違う方式の二車が対決してノートが勝利したわけだ。

EVの展開余力にも大きな差

 両者の違いは単に主役と脇役の問題ではない。むしろその後の展開余力に大きな差があり、実はこちらの方が重要なのだ。

 トヨタはプリウスをプラグインハイブリッド(PHV)に発展させた。これは評価できるし、市場も諸手を挙げて受け入れた。しかしここから先には問題がある。PHVからEVへの流れには大きな溝があり、転用できる技術がほとんどない。ところがノートからEVへの流れは極めてスムーズだ。すでに「リーフ」というEVも投入し、実績もある。ここで培った技術と経験が、EVシフトをより容易にするのも想像できる。これは日産にとって、大きな武器と言える。

 つまり、世界で最もEVシフトに積極的な中国において、日産は日系自動車メーカーのなかで圧倒的なシェアを獲得しているわけだが、日本国内における次世代エコカーマーケットにおいても、日産はトヨタに迫る可能性が大きいということだ。足下では日産は国内で2番手集団だが、トヨタの幹部は、ホンダの動きは常にチェックするが日産はノーマークと言っていた。それが第4コーナーを回り直線に入った途端、日産が猛追撃を見せ始めたというわけだ。

(泉谷渉)

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■泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
 30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は電子デバイス産業新聞を発行する産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎氏との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)などがある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。

産業タイムズ社 社長 泉谷 渉