紙のような表示品位を持つ電子ディスプレー「電子ペーパー」が一気に世の中へ知られるようになったのは、米Amazon.comが2007年に発売した電子ブック端末「Kindle」がバカ売れしてからだ。今では電子ブック端末はかつてほど売れなくなったものの、1台に何百冊もの書籍を保存できるという利便性が受けて根強い人気がある。端末が世代を重ねるごとに電子ペーパー自体の技術も進化しており、その機能・特性を生かせる新たな用途へ徐々に採用を広げている。

省エネで表示し続けられるのが利点

 まず、電子ペーパーの表示技術から解説しよう。電子ペーパーは別名「マイクロカプセル型電気泳動方式ディスプレー」と呼ばれている。帯電させた黒と白の粒子と溶媒をマイクロカプセルの中に入れ、これに電気を流すと電極に粒子が吸い寄せられ、白と黒の表示や中間色であるグレーの表示を切り替えることができる。

 電子ペーパーの強みは、液晶や有機ELといった他のディスプレーに比べて大幅に消費電力が小さく、いったん表示した画像を保持し続けられる点にある。決してフルカラーや動画の表示には向かないが、液晶には不可欠なバックライトが要らず、表示内容を切り替えたい時にだけ電力をわずかに消費するため、電源がないような場所にも設置できるのだ。

台湾E Inkがほぼシェア独占

 電子ペーパーの製造で独占的な地位を確保しているのが台湾E Inkである。同社はもともと1992年に設立された液晶ディスプレーメーカーのPrime View International(PVI、元太科技工業)が前身であり、09年に米国企業だったE Inkを買収し、社名をPVIからE Inkに変えた。PVIは、電子ペーパー技術への注目度が高くなかった05年にフィリップスの電子ペーパー事業を買収するなど、早くからその将来性に着目し、12年には競合メーカーの台湾SiPixを買収したことで、電子ペーパー市場で独占的なシェアを持つに至った。

 電子ブック端末のバカ売れブームが沈静化したあと、E Inkの業績は長く低迷してきたが、17年中に液晶事業からすべて撤退し、電子ペーパーのみに事業を絞り込んだ。この甲斐あって、E Inkの17年業績は、売上高が前年比9%増の152億台湾ドル、営業利益は同18倍の11億台湾ドルとなり、2年連続で増収と黒字化を達成するまでに安定した。

電子棚札や電子楽譜などへ用途拡大

 電子ペーパー1本に事業を絞り込んだE Inkが現在注力しているのが、電子ブック端末以外への電子ペーパーの用途拡大。その筆頭格が電子棚札、いわゆる商品の値札だ。商品名や価格を表示するだけでよく、タイムセールなどにあわせて無線で表示を瞬時に書き換えることができるため、今や電子ブック向けに次ぐ成長商品になっている。

電子棚札が電子ペーパー市場の新たな牽引役に

 これ以外にも様々な新規用途を提案している。例えば、スーツケースに電子ペーパーを内蔵し、空港で搭乗前の荷物預かり作業をペーパーレス化する取り組みを提案したり、医薬品や化学品のラベルに電子ペーパーを採用して使用履歴を表示できるようにしたり、湿布のような経皮吸収治療薬に電子ペーパーを内蔵して次の投与のタイミングや貼り替え時期などをお知らせするといった提案をしている。

 E Inkの電子ペーパーを搭載した電子ノートを商品化しているソニーは、17年にE Inkと電子ペーパーのさらなる普及を目指して合弁会社を設立したほか、6月には既存のA4サイズに続いてA5サイズの電子ノートを発売予定だ。

 また、テラダ・ミュージック・スコアは、E Inkの電子ペーパーを用いて、世界初の2画面楽譜専用端末「GVIDO」を商品化している。13.3インチの大型2画面で楽譜とほぼ同サイズを実現しており、大量の電子楽譜を持ち運ぶことができる。

 さらに、2月には会津バスのバス停留所に電子ペーパーサイネージを導入した。無線技術によって、バスの到着、時刻表、ルートデータ、ルート転送、サービスの変更および計画外のサービス変更といったリアルタイム情報を提供できる。多言語サービスにも対応しており、手作業で情報を更新するコストを削減できる。日本には50万カ所以上のバス停留所があるが、90%に電源がないため、情報表示に電子ペーパーがうってつけだった。

バス停流所に採用された電子ペーパーサイネージ

大阪大学が「紙の電子ペーパー」開発

 電子ペーパーの新たな技術開発も進んでいる。

 大阪大学産業科学研究所の研究グループは、植物の繊維を原料とするセルロースナノファイバー由来の「透明な紙」を利用し、電子ペーパーの一種であるエレクトロクロミック(EC)ディスプレーを開発した。電解質層に白い紙、EC層と透明電極に透明な紙を併用。透明な紙にEC材料をコーティングするとともに、白い紙のセルロース繊維に不揮発性のイオン液体電解質を固定化して、紙の電解質を作成した。これを積層して、製造プロセスが簡易かつ電解質が揮発しない紙製ECディスプレーを実現した。フレキシブル性を維持したまま、電気を流すと色が変化することを確認した。

大阪大学の紙を用いた電子ペーパー

 今後さらに技術が発展すれば、「電子の紙」はもっと私たちの身近な存在になりそうだ。

(津村明宏)

電子デバイス産業新聞 編集長 津村 明宏