米中間の貿易戦争は「保留」

米中両政府は5月19日、ワシントンで18日まで開催された2回目の米中通商協議の共同声明を発表しました。声明によると、両国政府は制裁関税の適用による貿易戦争を回避すること、中国が米国の製品やサービスの輸入を大幅に増やすことの2点で合意しました。

ただ、今回の合意の中で、具体的な額や時期など、詳細については言及がなく、決まっていないことも明らかになりました。特に、米国が中国に対して要求してきた「対米貿易黒字の2000億ドルを削減」することへの言及がなかった点は、奇妙なことです。今後は、ロス商務長官が近く中国を訪問し、米中両国が今回の通商協議で合意した大枠の最終化に向け協議する見込みとのことです。

この件に関し、ムニューシン米財務長官は、5月20日にテレビ番組に出演し「(米中)貿易戦争を保留する。関税措置をいったん保留にし、発動しないことで合意した」と発言しました。同氏はまた、農業分野の中国向け輸出は今年だけでも35~40%増加し、エネルギー分野の輸出に関しては向こう3年から5年で2倍になると述べて、非公表ではあるものの業界別に特定の数値目標があることを示唆しました。

同氏によれば、協議の中で、中国は関税や非関税障壁の引き下げなど「構造改革」を進める強い意向を示し、トランプ大統領が「中国の意向にについて非常に好印象を受け」たようです。

米国政府内には温度差も

一方で、ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表は20日付の声明で、米国製品に対する中国市場の開放拡大は重要だが、中国で米企業が技術の移転を強いられている問題やサイバー空間での産業情報の窃盗を解決するほうが重要度が高いと指摘しました。

カドロー米国家経済会議(NEC)委員長もテレビの報道番組で、中国が約束した米国製品・サービスの購入では、対米貿易黒字の2000億ドル削減を満たすものかどうかを判断するには時期尚早だと述べるなど、政権内でも違和感があることがうかがわれます。

関税発動前の猶予期間内に合意を急いだ結果、米政権内でも、すりあわせが完全ではないままに交渉が進んだものと推測されます。米国は、そもそも知的財産権侵害などを理由に中国からの輸入品総額500億ドル相当に制裁関税を科すとして拳をあげたわけです。それなのに、合意内容に、知的財産権侵害について何らかの対策が講じられるとの合意がないことは非常に奇妙です。

中国からすれば、いずれにせよ輸入しなければならない農産物やエネルギーの輸入でポイントを稼ぎ、知的財産権侵害というカードを封じたということなら、今回の協議は中国の方が良い結果を得たことになります。

実際に、中国の国営英字紙チャイナ・デイリーは、「緊張緩和に安どのため息をつくことができる」との社説を掲載しました。同紙は「あらゆるプレッシャーにもかかわらず、中国は折れなかった。断固たる態度で臨み、引き続き協議の意思を示した」とし、譲歩はしたものの「不可避と見られていた正面対決を双方がうまく回避した」と協議を評価しました。

これがトランプ政権の交渉スタイルか

筆者は、もともと米中が貿易摩擦で全面的に対立することには懐疑的でした。少なくとも、トランプ政権には貿易戦争を仕掛けるつもりはないとの読みです。今回の協議で明らかになったのは、トランプ政権が、アンフェアだと文句をつけて問題を提起しても、協議の場を設けて相手の譲歩を引き出し、具体的な成果が見えれば、妥協して拳をおろす戦略を採っているということではないでしょうか。

悪く言えば、問題提起でケンカを仕掛けて、見栄えのする利益が得られると引き上げるという、実利的、場当たり的な姿勢が透けて見えます。

これに対して、中国市場における知的財産権の保護や、米企業に対する参入障壁の解消を求めていた米業界団体の中からは、中国への制裁措置を保留したトランプ政権の判断や協議姿勢に落胆や批判の声があるようです。しかし、今後も多くの通商交渉で、こうしたアプローチは続くことになるのではないでしょうか。

ニッポン・ウェルス・リミテッド・リストリクティド・ライセンス・バンク 長谷川 建一