はじめに

ビジネスの世界でよく聞かれるエンパワメントという言葉ですが、意味をよく理解しないまま、言葉だけが先走っているようなケースが少なからずあるようです。日本語では主に権限移譲や能力開発と訳されるエンパワメント。企業における人材育成、社員の能力開花において、どのように実施されているのか、また実施における課題は何かといった点について、考えてみましょう。

目次

1. エンパワメントの本来の意味とは
2. エンパワメントで期待される組織への効果
3. エンパワメントの具体的な取り組み方法
4. エンパワメントによるメリット
5. エンパワメントによるデメリット
6. エンパワメントの導入方法
7. エンパワメントの取り組みに対する課題や注意点

1. エンパワメントの本来の意味とは

エンパワメントとは、広義の意味では「人間一人一人が持っている潜在能力を引き出すこと」と定義されます。この言葉が世に広まったのは、1980年代における女性の権利獲得運動の時に、言葉が社会や組織において、個々が力を付けることで世の中に大きな影響を与えられるようになるという概念として提唱されたことがきっかけといわれています。以来、エンパワメントという言葉は、教育業界や市民活動、社会運動など様々なジャンルにおいて、人間が持つ素晴らしい潜在能力を能動的に開花させ、顕在化させることをねらいとして用いられるようになりました。

現状、ビジネスの世界において、エンパワメントという言葉は、「能力開花」や「権限移譲」などと訳されます。具体的には、プロジェクト活動を遂行させるにあたって、中枢軸から現場軸へ、あるいは上位層から下位層へ、意思決定の権限も含めて業務を付与させていく仕組みのことを指すことが多いようです。

企業が、このエンパワメントを導入した場合、意思決定の権限が付与されたことで、メンバーひとりひとりが高い意識を持って働くようになりますので、個々の潜在能力が引き出されるという効果が期待できます。そして、個々のメンバーが成長することで、結果としてチーム全体の力があがり、高い自律性を持った組織作りが期待できます。また、これにより、組織としての迅速な意思決定も可能となるかもしれません。

このように、人材育成や組織力向上の観点からも、ビジネスの世界において、エンパワメントは重要な役割を持っているといえるのです。

2. エンパワメントで期待される組織への効果

さきほど、エンパワメントは意思決定の権限も含めて業務を付与させていく仕組みであり、「権限移譲」と訳されることもある、というお話をしました。このエンパワメントの導入にあたっては、多くの場合、「ビジネスコーチング」や「パフォーマンスマネジメント」といった人材開発方法が用いられています。

ビジネスコーチング

効果的コミュニケーション技術により、メンバーの自発性と潜在能力を引き出し、メンバー自身の自己実現と、組織の目標達成を同時にサポートする手法

パフォーマンスマネジメント

組織の目標達成を目標とし、メンバーの能力とモチベーションを引き出すための手法

組織において、リーダーには、組織をまとめる力だけでなく、責任感や実行力、安定したアウトプットを出せる能力など様々な要素が必要とされます。このため、会社に在籍する若手社員の中から、次のリーダーを育てるための優秀な人材を発掘することが、エンパワメントの導入においては、急務とされるためです。

リーダー候補となる部下に対し、ある程度の権限を与えることは組織へ良い影響を与え、中長期的な職場力向上が期待できます。また、権限を委譲された社員が自分の考えで自発的に業務を遂行できるようになると、業務に対し、能動的な考え方を持った人材が育ち、結果、それが企業の風土として定着することが期待できるからです。

エンパワメントの導入により、上司は部下に対し、課題を明確化した上で達成目標を設定するようになり、部下はその達成目標を実現すべく、自らの考えに基づいて業務を遂行し成果を得る、という成功経験を積み重ねていきます。自分の判断により、様々な課題がクリアされていくことで、部下はやる気をだし、結果として、彼らの当事者意識を高めることができます。このように、個々の意識を高めることは、組織全体が高いパフォーマンスを発揮できることへとつながってゆくのです。

これが、エンパワメントの導入により期待される、効果のひとつといえるでしょう。

3. エンパワメントの具体的な取り組み方法

エンパワメントは、ビジネスだけではなく、様々な分野において取り入れられています。

教育、育児

人は誰でも素晴らしい能力を持ち、生涯に渡ってその力を発揮し続けるパフォーマンスを持っています。このため、教育育児の分野において、エンパワメントの導入をすることは、子供たちの人間的成長において、非常に効果を発揮することが期待できます。

なお、教育育児の分野における、エンパワメントの具体的取り組みとしては、「手順を教えず、結果だけを伝える」という方法が、よく用いられるようです。

例えば、工作の作品を作るとき、うまくいく方法を最初から手取り足取り教えてしまうと、子どもたちは、素直にそのとおりにやろうとします。しかし、これは、子供たち自身で問題を解決していく力を奪うことにもなりかねません。このため、わざと完成形だけを見せて、子供たちが自分自身で試行錯誤しながら、目指す結果に行きつく方法を見つけていくようにするのです。

医療、福祉

医療や福祉の現場においても、エンパワメントの考え方は、とても有効です。というのも、患者や障害者が日常生活を送るにおいて、自己選択や自己決定を行う力を取り戻していくことは、非常に重要なことだからです。なお、医療、福祉の現場における、エンパワメントの具体的取り組み策としては、患者や障害者身自身が、日常生活をコントロールできるような適切な環境を考え、それを医療や福祉の担当者が支援していくといった方法がとられています。

このほかにも、文部科学省では「エンパワメント情報学」を推進していたり、筑波大学グローバル教育院では、エンパワメントの考え方に基づき、「人の機能の補完、人とともにした協調、人の機能を拡張する情報学」をねらいとした、バーチャルリアリティーやロボットスーツなどの研究や開発が進めています。

4. エンパワメントによるメリット

では、ビジネスの場における、エンパワメントによるメリットとは、どのようなものでしょうか。

企業がエンパワメントを推進する過程において、多くの場合、メンバーにはストレッチテーマ(背伸びをしないと達成する事が出来ない目標)が掲げられることになります。このため、メンバーは実現困難とされる高難度の課題に対して、様々な試行錯誤を重ねながら自分自身で意思決定を行うこととなります。自らが考えながら業務に取り組むプロセスを経験することで、個人の能力が飛躍的に高まり、個々のリーダーシップを醸成させることが期待できます。このように、人材育成につなげていくことができるという点が、エンパワメントによるメリットのひとつといえるでしょう。

また、ビジネスの世界では高度情報化社会が進み、知識集約型の産業構造が主流となりつつあります。企業価値を高めつつ、業績を上げていくためには、メンバーひとりひとりの発想やひらめきを集約させ、チームとしての能力を最大限に発揮できるようにしていくことが重要なポイントとなります。上司の指示をあおぐことなく、メンバーひとりひとりが自身で考え、判断できる力が向上することから、迅速な意思決定が行えるようになることが期待できます。迅速な意思決定は顧客満足度を高める要素となり、結果的に企業の競争力向上につながります。市場変化が激しいビジネス環境においては、意思決定の速さは、機会損失の低減にもつながりますので、これも、エンパワメントによるメリットと捉えることができるでしょう。

5. エンパワメントによるデメリット

エンパワメント導入の過程において、メンバーは、自身による判断で自律的な行動を促されることになります。しかし、企業側の管理が行き届いていない状態で、個々の社員が自由にプロセスを行ってしまうと、メンバーひとりひとりのレベルにばらつきが生まれてしまう可能性があります。これが、エンパワメントのデメリットといえます。

特に、人によって品質が異なることが多いサービス業界においては、メンバーのレベルにばらつきがあると、顧客に対して安定したサービスを与えられなくなり、顧客満足度を下げる恐れがあります。このため、間で個々のノウハウや考え方を共有させて情報を一元化し、画一的な学習を定期的に行うことでサービスの品質を確保することが重要といえるでしょう。

また、エンパワメント導入の過程において行われる権限移譲が進みすぎると、組織の統制力が低下し、管理職の管理機能を損なうリスクがあることも、デメリットとして挙げられます。というのも、メンバーの自律を促した結果、個々の行動目標と、組織全体での業務目標が連動しなくなってしまい、最終的に企業が掲げた達成目標に到達しなくなる可能性が高くなる危険性があるからです。このため、権限移譲を行う時は、組織の統制力を損なわない程度に段階的に決定権を映していくなどの工夫が必要となります。

さらに、メンバーの中には、自分自身で目標を掲げるよりも、指示を受けて行動を起こすことで、高いパフォーマンスを維持できるような職人型気質の人材も存在しています。そのような人材に、いきなり大きな決定権を与えてしまうと、何をしていいか分からなくなることがあり、結果としてモチベーションの低下を招く恐れがあります。権限移譲を行う時は、メンバー個々の特性を理解したうえで行うことも大切かもしれません。

6. エンパワメントの導入方法

企業がエンパワメントを導入する手法として、以下の手順が提唱されています。

1) メンバーに対し、強い意識を持った推進宣言を行う
管理者は、メンバーに対して、エンパワメントの推進を宣言し、お互いの間で達成目標に対しての合意形成と共感が得られるようにします。

2) 目標を設定する
管理者は、メンバーに達成基準を理解させつつ、メンバー自身の成長が不可欠な挑戦的な目標のうち、達成することで価値観や満足感が得られるものを選定します。

3)  権限移譲を行う
管理者は、自身者の権限領域を公開した上で、メンバーに対して適切な権限移譲を行います。権限移譲においては、様々な戦略や手法を考えさせるだけではなく、適切な予算を付けることで、メンバーの行動の自由度が増し、個々の成長を促すことが期待できます。

また、エンパワメントの推進においては、以下の点も重要です。
・目標達成に向けて、どのように進めたら良いかのアイデアを自由に発信できる環境づくり
・年功や職位に関係なく、よりオープンでフラットな職場文化の構築
・管理者によるメンバーのフォロー体制を整えるなど、失敗を恐れずに業務ができるような環境づくり

企業の体制を一気に変えてしまうことは非常に難しいため、まずは、プロジェクトベースでエンパワメントの導入を行い、それが成功したら最終的に組織体制の変革に繋げていくというやり方が、一般的にとられる手法のようです。このような手順を踏み、階層型の組織から自己統率型に移行していくことで、エンパワメントが組織の風土として定着していく、ということなのでしょう。

7. エンパワメントの取り組みに対する課題や注意点

エンパワメントを推進する上で、推進役となる管理者の意識変革は非常に大切です。

というのも、通常、部下が失敗した時のフォローは上司の役目ですが、エンパワメントでは、決定までを部下にゆだねているために、後のフォローが、非常に面倒なものになることが予想されるからです。このため、部下の失敗を恐れるあまり、上司が適切な権限移譲を行わないという事態が発生する可能性がある、ということが、エンパワメント推進における課題のひとつとされています。

また、エンパワメントの推進においては、以下の点に対する注意も必要です。

・部下に権限移譲をした業務領域に対し、できるだけ口出しをしない。
上司からの口出しが正論であっても、部下の立場からすると、モチベーションが損なわれるということもあるかもしれません。上司は、部下から求められない限り、できるだけ、手や口を出さないようにすることが大切といえます。

・高すぎる目標設定は行わない。
「己の成長のために、志を高く持て。」とはいうものの、どう見ても達成不可能な課題は、部下のモチベーションを損ないます。部下の能力を大幅に超えた目標設定はしないように注意しましょう。

・部下の進捗状況はきちんと把握する。
エンパワメントの推進の家庭で、過度の放任体制になってしまうケースがあります。権限移譲しているということで、上司が部下の仕事ぶりを把握していないのでは、本末転倒です。部下の進捗は、きちんと把握するように心がけましょう。

口の出しすぎや、度を越えた放任主義は、権限移譲を悪い方向へと導く恐れがあります。場合によっては、取り返しがつかないような致命的なミスにつながってしまうこともありますので、エンパワメント導入の際は、最悪の事態に陥る前に、上司がフォローできる体制づくりを十分に検討することをおすすめします。

なお、エンパワメントの推進においては、「組織力を高めながら人材育成を行うために、エンパワメントが必要」ということを、上司がきちんと理解した上で、粘り強く発信し続けていくことが大切なのかもしれません。

おわりに

エンパワメントは、組織全体の自律性向上や社員が持つ潜在能力の発揮を促すだけでなく、意思決定の迅速化が期待できるものだということを、理解いただけましたでしょうか。エンパワメントを導入する企業においては、上司は部下へ過度に介入しないようにしつつも、致命的なミスを防止するべく適切なバックアップを行うといった、バランス感覚が必要とされてきます。エンパワメントによって、企業の付加価値を高めつつ、顧客の満足度を向上させていくという効果を期待するならば、まずはその特徴をきちんと理解することが大切といえるでしょう。

LIMO編集部