衆議院選挙で注目を集めた「ベーシックインカム」

先の衆議院選挙で一部の政党が公約として掲げたこともあり、最近よく聞くようになった言葉に「ベーシックインカム」(BI)というものがあります。

結果的にこの公約を掲げた政党が議席を伸ばせなかったことや、そもそも日本には「働かざる者、食うべからず」という考え方も残っているため、この議論は今後、尻すぼみになるかもしれません。

とはいえ、一見すると突飛なアイデアに見えるBIも、「士農工商」が当たり前の江戸時代の日本人が「主権在民」の考えを理解するのに時間がかかったように、現在の私たちは古い考えに囚われているため、その考えが理解できないだけのことかもしれません。

また、GDP世界3位の日本でも相対的貧困率は約10%半ばで推移しており、貧困問題は無視できない社会課題であることには変わりがありません。

さらに、最近の急速なAI(人工知能)の発達や、ロボット・自動運転技術などの発達で、今ある仕事が10年後もあり続けるとは必ずしも断言できなくなっています。つまり、現時点で貧困層でなくても、ある日突然、仕事がなくなるという事態は十分に考えられるのです。

そこで今回はBIについて考えてみることにします。

そもそもBIとは

BIは、一言で表せば、政府が全国民に対して生活に最低限必要なお金を配る仕組みです。BIが導入されると、現在ある年金、生活保護、雇用保険などは全てBIに置き換えられることになります。

これにより、仮に仕事がなくなっても生活に困らないので将来の不安は解消され、人は食べるために働くのではなく、やりたいことを実現するために生きることが可能な社会になるとされています。また、年金や生活保護などの複雑な制度を維持する必要もなくなるため、行政コストの削減も可能という考え方です。

一方、デメリットは、この制度を維持するためのコストです。様々な試算が行われていますが、この制度を維持するためには消費税や所得税の増税が必要になるという試算が多く見られます。また、増税により優秀な人材が海外に流出してしまうという懸念もよく聞かれます。

海外では社会実験も始まった

世界を見渡すと、BIの考え方に賛同する著名人も多く見られます。有名なのは、電気自動車メーカーのテスラCEOのイーロン・マスク氏やフェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ氏などです。

また、まずは小規模な社会実験から始めようとする動きも見られます。

米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルであるY コンビネーターの9月20日付けのブログには、同社が3,000人の参加者を集めてBIの実験を開始したことが明らかにされています。

この実験では、月1,000ドルを最大5年にわたり受け取る2,000人のグループと、月50ドルを受け取る1,000人のグループに分け、時間の使い方、ファイナンス、心と体の健康状態、子どもや社会ネットワークへの影響などを政府機関と協力して調査するとしています。

また、BIに詳しいオランダの歴史学者であるルトガー・ブレグマン氏の『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働』では、イギリスでホームレスに3,000ポンドを給付する実験が行われたことも述べられています。

本書では、この実験で無条件にお金を与えることで、ホームレスが立ち直った例などの興味深いエピソードも紹介されています。

今後の注目点

BIの必要性は認識されてはいるものの、人間が怠惰になってしまうのではないか、財源はどうするのかという懸念や課題があるため、BIは今のところ日本では大きな注目を集めていません。

とはいえ、繰り返しになりますが、AIやロボットの発達などで、そう遠くない将来に大失業時代が訪れる可能性も完全には否定できないため、その準備は必要なのかもしれません。

欧米で、まずは社会実験を行うところから始めようという動きが見られるのも、そうした懸念が背景にあるからです。「働かざる者、食うべからず」という古い考え方はいったん脇に置いて、柔軟にこのテーマについて向き合っていきたいものです。

LIMO編集部