2018年に100周年を迎える企業はどこ?

長寿企業のヒストリーに思いを馳せると思わぬ気づきがある

来年、長寿企業の仲間入りをする企業に注目

昨年の今頃、『2017年に100周年を迎える企業に見る日本の競争力』という記事で、2017年に長寿企業の仲間入りする企業について触れました。

2017年もあと1カ月半を残し、2018年の音が聞こえ始める季節になりました。昨年と同様、今回も、どのような企業が長寿企業(創業後100年以上が経つ企業)の仲間入りするのか見ていきましょう。

2018年に100周年を迎える企業が創業した頃はどんな時代?

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2018年に100周年を迎える企業が創業した1918年(大正7年)の最大のトピックスは、1914年に始まった第一次世界大戦が終わったことでしょう。

第一次世界大戦中、戦地の欧州から遠く離れていた日本は、工業製品の供給国としての存在感を増し、「大戦景気」がもたらされました。一方、好景気により物価は異常なペースで高騰しました。世のひずみが現れた格好です。

中でも主食の米は、1918年1月に1石15円だった米価が、6月に20円、7月に30円、8月には50円に到達するほど急騰しました。家庭の不満が爆発し、7月に富山で起こった「米騒動」は、瞬く間に全国に広がっていきました。

その影響で、高校野球の大会が中止に追い込まれています。太平洋戦争以外で高校野球が中止となったのは、この「米騒動」の時だけです。「米騒動」は時の寺内内閣の総辞職、初の政党内閣である原敬内閣の誕生につながりました。

2018年に創業100周年を迎える企業をいくつか紹介

こうした、好景気と混乱の狭間の時期に創業された企業をいくつかを紹介しましょう。

パナソニック(6752)

当時は電気が家庭に普及し始めた頃で、家庭での電球の取り外しは難しい作業でした。後に「経営の神様」と称される松下幸之助氏は、簡単に電球の取り外しができる電球ソケットを考案し、妻、妻の弟(井植歳男氏、戦後三洋電機を創業)、友人2人との合計5人で松下電気器具製作所を設立しました。この小さな家族経営の会社が、後に日本を代表する家電メーカーとなっていきます。

パナソニックは、松下電気器具製作所が設立された1918年を創業年としています。創業100周年事業として、2018年3月には、大阪の門真にある「パナソニックミュージアム 松下幸之助館」がリニューアルオープンする予定です。

パイロットコーポレーション(7846)

東京高等商船学校教授の並木良輔氏は、製図に使うカラス口(烏口)が使いづらいことから、軸にインク貯蔵部をつけた「並木式烏口」を開発します。これをもとに、純国産初の万年筆が1916年に完成し、その2年後の1918年に現在のパイロットコーポレーションの前身となる並木製作所が設立されました。

「パイロット」という商号は、創業者の並木氏が商船の乗組員だったことにちなんでいます。

象印マホービン(7965)

電球加工の職人だった市川金三郎氏(弟)は、ドイツから輸入された魔法瓶に興味を持ち、兄の市川銀三郎氏(兄)とともに魔法瓶の製造に取り組み始めました。魔法瓶の製造のために1918年に大阪で設立した市川兄弟商会が、後の象印マホービンとなります。

当初は中びんメーカー、つまり部品メーカーでしたが、成長して組み立てメーカーとなり、その後、魔法瓶問屋になります。当時、魔法瓶は、水事情の悪い東南アジア等への輸出が中心の産業でした。問屋になった時につけたのが、東南アジアの現地で神聖視されていて、家族愛の象徴でもある「象の商標」であり、現在の象印ブランドに継承されています。

ハナマルキ(未上場)

商標法の改正により、2017年より音の商標登録が可能となりました。その初年に、音商標の認可をとった1つが、「おみそな~らハナマルキ」です。CMで流れているあのメロディーです。このメロディーがCMに初登場したのは1966年であり、既に半世紀以上続いていますが、会社そのものはその倍の100年続いています。

初代の花岡金春氏が、1918年に長野県で、製糸工場の女工さん向けに味噌や醤油を製造・販売したのが始まりです。創業時の商標は「マルキ印」。後に、創業者の苗字の一字の「花」と、創業時の商標から、「ハナマルキ」という社名になりました。

戦後すぐに醤油の製造は分離して味噌に集中しましたが、今は創業者の孫が3代目の社長として、塩こうじを第二の柱とした成長シナリオの陣頭指揮をとっています。

長寿企業のヒストリーは情報の宝庫

2018年に創業100周年を迎える企業は、ほかにもたくさんありますが、今回紹介した企業はいずれも、たいていの人が知っている有名企業です。そうした有名企業も、創業時は、吹けば飛ぶような小さなファミリービジネスばかりです。

100周年を迎える長寿企業になれるのはほんの一握りです。小さなファミリービジネスが有名企業になっていく企業のヒストリーには、たくさんの情報が詰まっています。何が長寿企業たらしめたのかに思いを馳せてみると、思わぬ投資アイデアに気づくことがあるかもしれません。

藤野 敬太

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藤野 敬太

東京大学経済学部を卒業後、プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント(現日本アイ・ビー・エム)等を経て、2001年から2013年まで、日興アセットマネジメントにて、アナリストおよびファンドマネージャーとして日本株ファンドの運用に従事。
現在は、オフィス・ラコルドの代表として、ファミリー向け・ファミリービジネス向けのコンサルティングおよびアドバイザー業務を展開する。
CFP(日本ファイナンシャル・プランナーズ協会認定)、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、シニア・プライベートバンカー(日本証券アナリスト協会認定)。日本ファミリービジネスアドバイザー協会執行役員・フェロー